和歌と俳句

久保田万太郎

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帯解きていでしつかれや蛍かご

夏帯に折りてしまひしはがきかな

きちかうは秋咲くものの青すだれ

青簾たまたま月のなき夜にて

五月富士砂山かげにみゆるかな

深川の出水のうはさや雲の峰

いたづらにそよぐ柳や雲の峰

枝豆のうでそこなひや冷奴

水中花咲かせしまひし淋しさよ

市ヶ谷へ浅草遠し日のさかり

更衣鏡のなかにうつるもの

菖蒲湯のあけてありたる湯殿の戸

ふりいでし薄暑の雨のあかるしや

苗売の来そめし空のひかりかな

寺の門出て苗売に逢へりけり

苗売の来そめて祭来りけり

がぶがぶとサイダのみたるかな

提灯のともりそめたる祭かな

おもふさまふりてあがりし祭かな

年々に空地へりゆく祭かな

筍をむくなり朝日さすなかに

今日のこと今日すぐわする桐の花

麦の穂によせて哀しきおもひかな

砂みちのどこまでつづく穂麦かな

浪すこし高くなりぬる穂麦かな