和歌と俳句

西東三鬼

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昭和30年

秋山にバタなき麺麭を割き分つ

秋山の石曳く蟻に声あらば

みどり子を深き落葉の眠らしめ

鶏頭の十字架の数月照らす

光るもの遠く小さし稲を刈る

朝日やはらか藁塚作る禿頭

廻診終りたり秋の蚊を吹き払ひ

火を焚きて病院裏の土焦がす

つぎはぎの診療着園枯るる中

枯木生く英字の名札釘打たれ

雲に毒刈田に燃えて火が怒る

白む五時駅の寒さに水を打つ

廻る寒し子の作品の地球儀は

百人の安静時間雪しづく

風雪の混凝土の中産湯沸く

雪空に火噴く煙突一本あり

雨に毒抜け毛を木の葉髪などと

薔薇展の造花と人形生きつつみる

天地太古の暑さ泉の鱒若し

老斑の手を差し入れて泉犯す

露の薔薇頭上の道を人が踏む

向日葵の金の傲岸ちよんぎり挿す

針金となり炎天のみみず死す

炎天に充ち満つ法華太鼓の孤

炎天の暗き小家に琴の唄

昭和31年

枯園に噴水たち中学生走る

公園の冬薔薇たはは「入るべからず」

種牛や腹に五月の土蹴上げ

月光を入れてピアノの第一音

木の実落ちさだまる城の石段に

肥後乙女まなこ黒々マスク白し

正月の岩壁蔦の朱一枚

大寒の小石かがやき城古りぬ

枯蓮の夕べ秒針すこやかに

紅顔や石崖の根に雪のこり

松さかしま寒城の水鋼なす

寒林を透りて誰を呼ぶ声ぞ

伊豆五月声の鴉も古き友

海南風父母漕ぎて子が唄ふ

梅雨明けの城の古石個々息吹く

濠の水減りし白線みづすまし

城の樹に蝉鳴き澄めり京近し

遠雷や競馬に負けて電車待つ

夏山へ古城へ双の鳶別れ

天の園花火の上に星咲ける