和歌と俳句

西東三鬼

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ホールの灯晩春初夏の天に洩れ

舞踏場へ山王ホテル見つつ曲る

機関銃いまなき闇に蛾のあまた

運転手地に群れタンゴ高階に

舞踏場のドアに外人ひるがへる

ヂヤズの階下帽子置場の少女なり

三階へ青きワルツをさかのぼる

ダイナモにつかうる男妻もてる

ダイナモの唸りに近く姙みし妻

胎動に鉄くさき手を触れしむる

生れくる子をダイナモに祈る男

ダイナモは轟き胎児うごめける

梅雨降れり職工着物着て病める

工場医院女かならず児を負へり

工場医黙し尿を煮たぎらす

工場医白きマスクを投げ憩ふ

煙突の真下看護婦金魚飼ふ

看護婦の金魚痩せたり数すくなき

機関銃夕ぐれもゆる八月の

煙草捨て唾吐き暑き射手となる

夏蝶を射ち富士山を射ち射てり

銃暑し顔うつこだま金色に

血を流す裾野の入り日兵帰る

顔ちさきほろほろ鳥は夏孤り

我国の鴉を飼へり眼鏡拭く

市役所の使丁緬羊を刈れりけり

水族館男女があゆみ閑かなる

螢売る少年の森の坂上に

病懶の指わなわなとトマトもぐ

青トマト「晴れたり君よ」赤きトマト

トマト熟れ嬉しくてならず子と笑ふ

トマト喰ふトマト畑に山遠き

我も投げ子も投げトマト天に赤し

葡萄園の夏や見えざる汽車きこえ

葡萄園の女と男の童菓子を食む

葡萄園に葡萄をつくり姙みてし

葡萄園に夏を肥えたる京三と

リアリズムとは何ぞ葡萄酸つぱけれ

静養期子と来て見れば汽車走る

肩とがり天の秋燕を妻と仰ぐ

秋ふかきちままたに犬の見えかくれ

野菜買ふ妻を待つなり子とわれは

おのが妻の兄と化りひさし秋深む

議事堂を背に禁苑の兵を視る