和歌と俳句

篠原梵

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頭熱しく蝉を聞きわすれては聞きぬ

聞くうちに蝉は頭蓋の内に居る

カーテンのレースの薔薇が空に白し

扇風機に投げ出せる腕しめり来ぬ

扇風機翅見えそめつつ影を得つ

扇風機止り醜き機械となれり

夜の蝉壁にあたまをうちつけ死にき

蚊帳の外百合はや白さ得つつあり

雨音の壁負ひ鉄砲百合咲きぬ

カンカン帽ゆゑに目に立つ頬骨なる

浴衣の上に蒼ぐろき顔載せあるく

われに近づくわれ浴衣して怒肩なる

燈を匿し厦々さむく巨きくなりぬ

秋の燈を匿し犇々家寄れる

東京の中よりくらくさむき東京現れたり

人いきれと燈ある地階へ下りてゆく

ちまたに燈よみがへり秋の雨うつくし

裹みたる秋の燈黒き布を透く

秋の燈を匿ししわが家見に出でぬ

黒の白の淡紅いろのマスク登校す

ストーヴのぬくみ剥げつつ廊下ゆく

ドアに隠れ少女らのいきれ顔をうつ

ストーヴよりさんざめきつつ席に着く

教師風邪しのびわらひと眼あつまる

チョークの粉渦巻き冬日遡る

黒板のさむざむひかり字をかくす

生徒等もわれもひもじ硝子を霙うつ

顔一千小さき白き息しつつ

冱てに竝み生徒等いそぎんちやくのごとうごく

冱て吸ひ上ぐる一木となりわれも佇つ

髪亜麻いろ少女等の列冬日に出でぬ

固唾のむ音のときどき冴えを刺す

咳くたびに肺臓かなしうかび出づ

咳き入るや父に肖しひびき咳を過ぎれり

ハンケチにはげしき咳のぬくみかな

検温器腋の風邪熱あつめ著し

繭玉のねてゐてみえるにも飽きつ

風邪の喉錠剤の角なほもあり

胸の上に毛布たくめて汗しゐしか

ゆふぐれと雪あかりとが本の上

日浴みするそびらを風の即き離る

肩を越す木瓜のまぶしき中通る

人みなの影花木瓜にをどりゆく

冬の服日ざしこもらひ重くなりぬ

掌をひろげ青麦の風を受けて行く