和歌と俳句

芥川龍之介

葛を練る箸のあがきや宵の春

春の夜の人参湯や吹いて飲む

春風に青き瞳や幼妻

草庵の梅やうつすと鏡立て

炉塞げど今日の狭さや鏡立て

鶯や軒に干したる蒸がれひ

三門に鳶の夜啼く朧かな

遅桜極楽水と申しけり

酒饐えつ日うらの桜重ければ

遅桜卵を破れば腐り居る

冷眼に梨花見て轎を急がせし

人行くや梨花に風景暗き村

流るるは夕鶯か橋の下

熱を病んで桜明りに震へゐる

裸根も春雨竹の青さかな

この匂藪木の花か春の月

暖かや蕊に蝋塗る造り花

草の戸の灯相図や雉ほろと

春の月常磐木に水際仄なる

飯食ひにござれ田端は梅の花

烏鷺交 々落ちて余寒の碁盤かな

春日さす海の中にも世界かな

石稀に更けて余寒の碁盤かな

寺の春暮れて蘇鉄の若葉かな

春風にふき倒されな雛仔ども

脚立して刈りこむ黄楊や春の風

春寒くすり下したる山葵かな

海なるや長谷は菜の花花大根

日曜に遊びにござれ梅の花

帰らなんいざ草の庵は春の風

君琴弾け我は落花に肘枕

思へ君庵の梅花を病む我を

阿羅漢の肋けはしき余寒かな

夜桜や新内待てば散りかかる

遠火事の覚束なさや花曇り

白木蓮に声を呑んだる雀かな

この頃や戯作三昧花曇り

残雪や墓をめぐれば竜の髯

水朧ながら落花を浮べけり

春返る竹山ならん微茫たる

大風の障子閉しぬ桜餅

陽炎にもみ消されたる蝶々かな