和歌と俳句

山口波津女

1 2 3 4 5 6 7

米量る間も穀象が桝を這ふ

夜に見れば夜にも穀象殺しけり

穀象をしばしあゆませのち殺す

眼鏡なき夫と話すや蚊帳のうち

酒くさき夫など知らず夜の蛙

梅雨ひと日夫より外に男見ず

蛍火の明滅宙にひとつきり

蛍火の低ければ吾もかがみけり

蛍火が玻璃戸にすがるあはれさよ

婚約の頃も酸かりき夏みかん

炎天を来て砂浜を更にゆく

帯締めし身の夏足袋を穿かんとす

われ刺しし蜂のほかにも蜂とべり

蜂がのむ水にさはれば蜂怒る

緑蔭に憩ふは遠く行かんため

夕焼を父と思へり父の忌日

戸締りのなほ残りゐて鳴くちちろ

絶え絶えの虫を臥床の下に聞く

野分浪夫臥しをればひとり見る

ないて洗濯挟みバネきつく

綿虫を病者の夫の掌より受く

夫が掌をひらく綿虫ひとつのみ

芝枯れて庭の隅々まで黄なり

雑巾をしぼる真上に鵙叫ぶ

乾鮭にはじめての刃をあてんとす

毒たべて夜寒の鼠なほ駆くる

風邪かくすとておろかにも顔つくる

ひびわれし手を胸に置き寝るとせん

病む夫のわれに手渡す木の葉髪

木の葉髪いそぎて捨つる誰か来る

硝子戸を開きて海へ鬼やらふ

雪降りて積ることなき井のほとり

わが思ふところより芝焼きはじむ

炭豊かなるとき主婦の眼かがやく

蟹紅しひとの訃信じられずゐる

柵に倚ればデッキのごとし土用浪

蚊帳の燈を消せば家ぢゆう暗くなる

かなしみをもたぬひとなし衣更

浴衣着てあれど漁夫なることあはれ

青葉木菟夜道はいまもおそろしき

蛍籠わが寝しあとは誰も見ず

海も闇陸も闇にて蛍籠

けんらんたる七夕竹に海が透く

かぎりある視力のうちの土用浪

虫干の衣の乏しさこれにてよし

くらがりに涼める夫に近づきゆく

夜涼みの野犬吠えゐし時は過ぐ

鳴き終る蝉声細部まできこゆ

颱風や船室のごとく玻璃よごれ

紙魚がゐて蔵書ますます増えにけり

油虫外は月光隈なくて

油虫暗きに居ればゆるしけり

油虫われを嫌がらせて走る

まくなぎといへば必ず群れとべり

あすもまたここにまくなぎ群れとぶか