和歌と俳句

芥川龍之介

すがれたる薔薇をまきておくるこそふさはしからむ恋の逮夜は

香料をふりそそぎたるふし床より恋の柩にしくものはなし

にほひよき絹の小枕薔薇色の羽ねぶとんもてきづかれし墓

夜あくれば行路の人となりぬべきわれらぞ さはな泣きそ女よ

其夜より娼婦の如くなまめける人となりしをいとふのみかは

わが足に膏そそがむ人もがなそを黒髪にぬぐふ子もがな

ほのぐらきわがたましひの黄昏をかすかにともる黄蝋もあり

うなだれて白夜の市をあゆむ時聖金曜の鐘のなる時

ほのかなる麝香の風のわれにふく紅燈集の中の国より

薔薇よさはにほひな出でそ あかつきの薄らあかりに泣く女あり


初夏の都大路の夕あかりふたたび君とゆくよしもがな

君が家の緋の房長き燈籠も今かほのかに灯しするらむ

都こそかかる夕はしのばるれ愛宕ほてるも灯をやともすと

黒船のとほき灯にさへ若人は涙落しぬ恋の如くに

幾山河さすらふよりもかなしきは都大路をひとり行くこと

かなしみは君がしめたる其宵の印度更紗の帯よりや来し

二日月君が小指の爪よりもほのかにさすはあはれなるかな

何をかもさは歎くらむ旅人よ蜜柑畑の棚によりつつ

ともしびも雨にぬれたる甃石も君送る夜はあはれふかかり

ときすてし絽の夏帯の水あさぎなまめくままに夏や往にけむ