和歌と俳句

釈迢空

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かの子らや われに知られぬ妻とりて、生きのひそけさに わびつつをゐむ

葛の花 踏みしだかれて、色あたらし。この山道を行きし人あり

谷々に、家居ちりほひ ひしけさよ。山の木の間に息づく。われは

山岸に、昼を 地虫の鳴き満ちて、このしづけさに 身はつかれたり

山の際の空ひた曇る さびしさよ。四方の木むらは 音たえにけり

この島に、われを見知れる人はあらず。やすしと思ふあゆみの さびしさ

わがあとに 歩みゆるべずつづき来る子にもの言へば、恥ぢてこたへず

ひとりある心ゆるびに、島山のさやけきに向きて、息つきにけり

ゆき行きて、ひそけさあまる山路かな。ひとりごころは もの言ひにけり

もの言はぬ日かさなれり。稀に言ふことばつたなく 足らふ心

いきどほる心すべなし。手にすゑて、蟹のはさみを もぎはなちたり

沢の道に、ここだ逃げ散る蟹のむれ 踏みつぶしつつ、心むなしもよ

いまだ わが ものにさびしむさがやまず。沖の小島にひとり遊びて

蜑の家 隣りすくなみあひむつみ、湯をたてにけり。荒磯のうへに

鶏の子の ひろき屋庭に出でゐるが、夕焼けどきを過ぎて さびしも

網曳きする村を見おろす阪のうへ にぎはしくして、さびしくありけり

磯村へますぐにさがる 山みちに、心ひもじく 波の色を見つ

すこやかに網曳きはたらく蜑の子に、言はむことばもなきが さぶしさ

蜑をのこ あびき張る脚すね長に、あかき褌高く、ゆひ固めたり

あわびとる蜑のをとこの赤きへこ 目にしむ色か。浪がくれつつ