和歌と俳句

釈迢空

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蜑の子のかづき苦しみ 吐ける息を、旅にし聞けば、かそけくありけり

行きづりの旅と、われ思ふ。蜑びとの素肌のにほひ まさびしくあり

赤ふどしのまあたらしさよ。わかければ、この蜑の子も、ものを思へり

蜑の子や あかきそびらの盛り肉の、もり膨れつつ、舟漕ぎにけり

あぢきなく 旅やつづけむ。蜑が子の心生きつつはたらく 見れば

蜑をのこのふるまひ見れば さびしさよ。脛長々と 砂のうへに居り

船ばりに浮きて息づく 蜑が子の青き瞳は、われを見にけり

蜑の子のむれにまじりて経なむと思ふ はかなごころを 叱り居にけり

若松のみどりいきるる山はらに、わが足おとの いともかそけさ

目のかぎり 若松山の日のさかり 遠峰の間の空のまさ青さ

田向ひに、黒檜たち繁む山の埼 ゆたになだれて、雨あるに似たり

きはまりて ものさびしき時すぎて、麦うらしひとつ鳴き出でにけり

麦うらしの声 ひさしくななきつげり。ひとつところの、をぐらくなれり

むぎうらし ひとつ鳴き居し声たえて、ふたたびは鳴かず。山の寂けさ

ふるき人 みなから我をそむきけむ 身にさびしさよ。むぎうらし鳴く

山中に今日はあひたる 唯ひとりのをみな やつれて居たりけるかも

にぎはしく 人住みにけり。はるかなる木むらの中ゆ 人わらふ声

これの世は、さびしきかもよ。奥山も、ひとり人住む家は さねなし

気多川のさやけき見れば、をち方のかじかの声は しづけかりけり

ひるがほのいまださびしきいろひかも。朝の間と思ふ日は 照りみてり

あさ茅原 つばな輝く日の光り まほにし見れば、風そよぎけり

家裏に 鳴きつつうつる鶏の声。茅の家壁を風とほり吹く