和歌と俳句

河鹿


萱わくる みちはあれども 淺川と 水踏み行けば かじか鳴く聲


黄皀莢の 花さく谷の 淺川に かじかの聲は 相喚びて鳴く

晶子
せせらぎに 河鹿が鳴けば 石も鳴く おなじやうにも 土くれの鳴く

牧水
青巌の かげのしぶきに 濡れながら 啼ける河鹿を 見出でしさびしさ

よき河鹿痩せていよいよ高音かな 石鼎

鳴かねども河鹿涼しき座右かな 鬼城

牧水
眼に立たぬ 宿屋さがして 温泉町 さまよひ行けば 河鹿なくなり

牧水
碓氷川 川原をひろみ かたよりて 流るる瀬々に 河鹿なくなり

牧水
丸木橋 しめりあやふき 曙に わがたりゆけば 河鹿なくなり

牧水
水際なる 岩のしめりの まだ深き この曙を 河鹿なくなり

牧水
渓端の 浅き木立の 椿の花 ちりのこりゐて 河鹿なくなり

牧水
踏みわたる 石のかしらの 冷やかさ 身にしむ瀬瀬に 河鹿なくなり

牧水
山の蔭 日ざしかげれば 谷川の ひびきも澄みて 河鹿なくなり

山川の瀬はあけぼのの河鹿かな 龍之介

迢空
気多川のさやけき見れば、をち方のかじかの声は しづけかりけり

つやつやと痩せし河鹿に夕近し 石鼎

自動車のおどり着きけり河鹿宿 石鼎

鳴きやんでまなこ寂しき河鹿かな 草城

上つ瀬に歌劇明りや河鹿きく 久女

水疾し岩にはりつき啼く河鹿 久女

河鹿きく我衣手の露しめり 久女

牧水
真昼間は たまたまになく 河鹿の声 起りたるかも 川瀬のなかに

身を伏せて岩根づたひや河鹿とり 橙黄子

鳴き出でし滝の中なる河鹿かな 花蓑

遅き月蕗にさしゐる河鹿かな 楸邨

このさきにもはや道なし昼河鹿 石鼎

瀬の音とはなれて高し夕河鹿 石鼎

聴いてゐる耳をはなるる河鹿かな 草城

河鹿啼く水打つて風消えにけり 亜浪

瀬の音のまさりゆきつゝ河鹿かな 立子

月よさの湯ざめを河鹿なきいづる 源義

寄席囃子聞のよろしと河鹿飼ふ 槐太

しらたまは昼につくりて河鹿飼ふ 槐太

河鹿鳴く瀬を幽かにす金華山 蛇笏

うつくしき女主の河鹿宿 杞陽

白日の夢縷々と河鹿鳴き冴ゆる 草城

尋めて来し河鹿ぞなける水の綾 草城

夕河鹿瀬のつぶやきに音を浮かせ 草城

こころよく河鹿鳴く瀬に指涵す 誓子

河鹿鳴くこゑ断崖にむらがれり 誓子

眦を波にしづめし河鹿かな 青畝

茂吉
小國川 宮城ざかひゆ 流れきて 川瀬川瀬に 河鹿鳴かしむ

茂吉
城山を くだり来りて 川の瀬に あまたの河鹿 聞けば楽しも

河鹿鳴く中に瀬音はゆくばかり 爽雨

河鹿の瀬とぼしくダムの壁高し 三鬼

河鹿聞く夕宇治橋に水匂ひ 爽雨

籐椅子に懐ひの遠き夕河鹿 悌二郎

鳴く河鹿日の暮いつの間に闇へ 悌二郎

奥の温泉に痩せし奥利根河鹿鳴く 爽雨

蛍出よ出よと河鹿の声揃へ 誓子

河鹿鳴く瀬音の上へ上へ声 爽雨