和歌と俳句

山口誓子

晩刻

往還に五月の崖を赭く断つ

麦秋や奔流谷を出で来る

たかんなの土出でてなほ鬱々と

桐の花電線二本過ぎゆくも

巣の雀家居の吾を又覗く

こころよく河鹿鳴く瀬に指涵す

河鹿鳴くこゑ断崖にむらがれり

六月のゆふべや肩に道具箱

としよりの咀嚼つづくや黴の家

あをぎりの脂を垂るや蝸牛

曇天の殻青白き蝸牛

せまき巣にひらく燕の翼見ゆ

巣つくりの藁空中に曳いてとぶ

風来る葭切啼ける行手より

いつぽんの道葭切と電柱と

かはせみや電線うつる江を溯り

かはせみや臭木の枝を翔つて去る

俯向いては真暗き穴に没る

身を浸けて蟹が水飲むことあはれ

わが家よりキヤムプの為せることを見る

両眼を低くして蟹穴を出づ

炎天の犬や人なき方へ行く

夕焼の天の隅々うらがなし

新緑ややはらき地に材を置きて

新緑や旅する肘を汽車に見る

憩ひたるかの緑蔭の真黒に

のぼりゆき中天をくだりゆき

晩涼に臥しゐし髪の砂払ふ