齋藤茂吉

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霜ふりて 一もと立てる 柿の木の 柿はあはれに 黒ずみにけり

浅草の 佛つくりの 前来れば 少女まぼしく 落日を見るも

書よみて 賢くなれと 戦場の わが兄は銭を 呉れたまひたり

戦場の 兄よりとどきし 銭もちて 泣き居たりけり 涙おちつつ

馬屋のべに をだまきの花 とぼしらに をりをり馬が 尾を振りにけり

真夏日の 畑のなかに 我居りて 戦ふ兄を おもひけるかな

はるばると 母は戦を 思ひたまふ 桑の木の實の 熟める畑に

たらちねの 母の邊にゐて くろぐろと 熟める桑の實を 食ひにけるかな

熱いでて 一夜寝しかば この朝け 梅のつぼみを つばらかに見つ

春風の 吹くことはげし 朝ぼらけ 梅のつぼみは 大きかりけり

桑畑の 畑のめぐりに 紫蘇生ひて 断りて居れば にほいするかも

入りかかる 日の赤きころ ニコライの 側の坂をば 下りて来にけり

寝て思へば 夢の如かり 山焼けて 南の空は ほの赤かりし

さ庭べの 八重山吹の 一枝散り しばらく見ねば みな散りにけり

数学の つもりになりて 考へし 五目ならべに 勝ちにけるかも

かたむく日 すでに眞赤く なりたりと 物干に出でて あくびせりけり

ゆふさりて ランプともせば ひと時は 心静まりて 何もせず居り

和歌と俳句