和歌と俳句

齋藤茂吉

寒雲

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豊年

高山も低山も皆白たへの雪にうづもれて籠る家村

豊年のはげみに集ふうからやから朝早くより為事初せり

高山の雪を滑りに行くをとめ楽しき顔をしたるものかも

ひとつ国興る力のみなぎりに死ぬるいのちも和にあらめや

みちのくの蔵王の山に雪ふりてすでに寒しと家ごもるらむ

新年

あかつきのまだ暗きより目さめゐて心楽しくおもほゆるかも

ひと年のはじめのあかり差しそむるそがひの山に群鳥のこゑ

わが部屋を片付くるひまも無かりしとわが独りごとおのれ聞きつつ

一年のはじめといへば迫りくるののおもひもなく寂かにあらな

わが庭に枯れ伏しにける羊歯の葉にさ夜中に降る霜いたいたし

むらぎもの心清けくなるころの老に入りつつもの食はむとす

おほいなる富をいただきて死ぬこともひと代の荘厳といふべかりける

子らがためスヰトポテト買いひ持ちて暫し銀座を歩きつつ居り

七階の高きにのぼり吾は来て紅くにほへる梅見て降る

うづたかく一樹のもとにたまりたる落葉をこめて雪は降るらし

わたつみの荒れ居るさまを空とほくうつしし写真愛でて離さず

一月雑歌

一ところ杉の低木がかたまりて落葉し居るを見ながらに来し

少し前参道とほり浅草の人ごみのなかに時移りゆく

街上の反吐を幾つか避けながら歩けるわれは北へ向きつつ

一月の二日になれば脱却の安けさにゐて街を歩けり

くらやみに眼ひらきて浮びくるはかなき事もわが命とぞおもふ

街道を駆歩する歩兵一隊が横に折れたりその最後の兵

ものなべて彼岸になりし如ければ如何なる時にわらは笑まむか

おほどかに遠くより見れば冬枯れ箱根の山も吾を慰む

二日まへみだれ降りたるこの雪は谷合の石に消えあへなくに

冬がれし木立の中はものも居ず幽けくもあるか落葉うごく音