吉野にある菜摘の川の川淀に鴨ぞ鳴くなる山蔭にして
あきづ羽の袖振る妹を玉櫛笥奥に思ふを見たまへ我が君
青山の嶺の白雲朝に日に常に見れどもめづらし我が君
うはへなきものかも人はしかばかり遠き家道を帰さく思へば
目には見て手には取らえぬ月の内の楓のごとき妹をいかにせむ
草枕旅には妻は率たれども櫛笥のうちの玉をこそ思へ
我が衣形見に奉る敷栲の枕を放けずまきてさ寝ませ
ただ一夜隔てしからにあらたまの月か経ぬると心惑ひぬ
はしけやし間近き里を雲居にや恋ひつつ居らむ月も経なくに
我妹子に恋ひて乱ればくるべきに懸けて寄せむと我が恋ひそめし
月詠の光りに来ませあしひきの山きへなりて遠からなくに
天にます月読壮士賄はせむ今夜の長さ五百夜継ぎこそ
はしきやし間近き里の君来むとおほのびにかも 月の照りたる
焼大刀のかど打ち放ちますらほの寿く豊御酒に我れ酔ひにけり
彦星の思ひますらむ心より見る我れ苦し夜の更けゆけば
織女の袖継ぐ宵の暁は川瀬の鶴は鳴かずともよし
秋萩の散りの乱ひに呼びたてて鳴くなる鹿の声の遥けさ
夕月夜心もしのに白露の置くこの庭にこほろぎ鳴くも
玉に貫き消たず賜らむ秋萩の末わくらばに置ける白露