和歌と俳句

島木赤彦

馬鈴薯の花

森深く 鳥鳴きやみて たそがるる 木の間の水の ほの明りかも

久方の 朝あけの底に 白雲の 青嶺の眠り 未だこもれり

一人ゐる いでゆの日かず 山に馴れし 思ひのするも さびしくありけり

花原の 道はきはまる 森の中の 静けさ思へば 鴨鳴くきこゆ

げんげ田に 寝ころぶしつつ 行く雲の とほちの人を 思ひたのしむ

げんげんの 花原めぐる いくすぢの 水遠くあふ 夕映も見ゆ

夕日さす げんげの色に かへるべき 野の家思へば さびしくありけり

ゆふされば 母が乳房を ふくみ寝ぬる 幼な心地に 花にこもれり

草枯の 野のへにみつる 昼すぎの 光の下に 動くものなし

冬枯の 野に向く窓や 夕ぐれの 寒さ早かり 日は照しつつ

冬の木の 白き茎立 ほのぼのし 夕日ののちの 野にみだれ見ゆ

冬野吹く 風をはげしみ 戸をとぢて 夕灯をともす 妻遠く在り

ところどころ 野のくぼたみに たたへたる 雪解のにごり 静かなるかも

はるさめの 筑摩桑原 灰いろに 草枯山の 遠薄くあり

いささかの 丘にかくろふ 天の川の うすほの明り その丘の草

かかる國に 生れし民ら 起き出でて 花野の川に 水を汲むかも

夏草の いよよ深きに つつましき 心かなしく きはまりにけり

さ夜ふかき の奥べに 照らふもの 月の下びに 水かあるらし

霧明り かくおぼろなる 土の上に とほく別るる 人やあるらん

この朝け 障子ばりする 縁先の 石のはだへに さ霧ふりつつ

湖の あふれ未だ 引きやらぬ 稲原の 夜のいろ深し 稲光りする

露霜を しげみ寒けみ 富士見野の 龍膽の花 紺ならんとす

とりいれの をはりの豆を 打ちをへて 莚をたたむ 日暮の夫婦

この山の 紅葉に来つつ 家の人と 夜々の炬燵に したしみにけり