和歌と俳句

万葉集防人歌

置きて行かば妹はま愛し持ちて行く梓の弓の弓束にもがも

後れ居て恋ひば苦しも朝猟の君が弓にもならましものを

防人に立ちし朝明のかな門出に手離れ惜しみ泣きし子らはも

葦の葉に夕霧立ちて鴨が音の寒き夕し汝をば偲はむ

己妻を人の里に置きおほほしく見つつぞ来ぬるこの道の間


天平勝宝七歳二月六日 防人部領使遠江国史生坂本朝臣人上
進歌十八首但し拙劣歌十一首有るは取り載せず

国造丁長下郡物部秋持
畏きや命被り明日ゆりや草が共寝む妹なしにして

主帳丁麁玉郡若倭部身麻呂
我がいたく恋ひらし飲む水に影さへ見えてよに忘られず

山名郡丈部真麻呂
時々の花は咲けども何すれぞ母とふ花の咲き出来ずけむ

山名郡丈部川相
遠江志留波の磯と尓閇の浦と合ひてしあらば言も通はむ

佐野郡丈部黒当
父母も花にもがもや草枕旅は行くとも捧ごて行かむ

佐野郡生玉部足国
父母が殿の後方のももよ草百代いでませ我が来るまで

長下郡物部古麻呂
我が妻も絵に描き取らむ暇もが旅行く我れは見つつ偲はむ


二月七日相模国防人部領使守従五位下 藤原朝臣宿奈麻呂

助丁丈部造人麻呂
大君の命畏み磯に触り海原渡る父母を置きて

足下郡上丁丹比郡国人
八十国は難波に集ひ船かざり我がせむ日ろを見も人もがも

鎌倉郡上丁丸子連多麻呂
難波津に装ひ装ひて今日の日や出でて罷らむ見る母なしに