和歌と俳句

樋口一葉

こよひふる 此はるさめに ほころびん 咲くも間ぢかき 庭のさくらは

はかなしや 田面をてらす 稲妻の つゆのやどりも なし果てずして

秋の野の おしなみ 吹く風に 思ひ思はず 人まねくらし

庭の面に つもる紅葉の 色見れば 散りての後も にしきなりけり

ふりまよふ 雪もいとはで いさりする あまにやあらん 沖の火かげは

きのふけふ 氷とけにし 池水に 春をうつせる 青柳の糸

青柳の なびくを見れば 谷川の 水にも春は うかびそめけり

かげうつす の糸は 池水に うかぶ玉藻の ここちこそすれ

わたつ海の 波のいづこに 立ち初て 果なくつゝむ 春の

打ちなびく 柳をみれば のどかなる 朧月夜も 風はありけり

いにしへの 春にかへれと まねくらん ふりにし里の 青やぎの糸

鳴つれて こし路へかへる雁ならん おぼろ月夜に こゑのきこゆる

尋ねこし かひおありけり み山路の 花の終りは われぞ見にける

誰が夢を 出でてきぬらん 桜花 匂へる園に 遊ぶこてふ

散そめし 桜を見れば 今宵ふる 雨のうちにや 春は行くらん

つれづれと 雨ふりくらす 春の日の 夕べはわきて のどけかりけり

青やぎの 糸にしづくの 見えながら 軒に音なき けさの春雨

いにしへを いざとひてみん これも亦 我が身に似たる おそ桜花

また更に あふべき夜半も あるものを など死ぬばかり つらき別ぞ

庭もせに 生ふるよもぎの 露分けて 訪ひくる人を 待つもわりなし

ともに聞く 人の来よかし 時鳥 一こゑ鳴きて 今過ぎにけり

誰もかく あらまほしけれ この花の いはぬにひとの なほもめづらん

世の中の ひとの心に ならひけん かはるにはやき あぢさゐの花

折々の 風のたえ間を いのちにて はかなくとまる 蓮葉の露

飛ぶ蛍 ひかりさびしく 見ゆるまで なつはふかくも なりにけるかな