和歌と俳句

樋口一葉

行く船の煙なびかし吹く風にはるは沖よりくるかとぞ思ふ

見し花のかげ消えてゆく春山のゆふがすみこそ心ぼそけれ

今はとてこふるたもとのかなしきは花の別れにおとらざりけり

中々にすてもはてざるうき世ゆゑ秋来るからにものぞかなしき

鳴きしきる池の蛙のもろ声もとほくおぼえてねぶき夜半かな

風寒き我が山かげの遅桜おくれたりとも知らで咲くらん

あやめ草のきにふきしは昔にて花にのみなる世にこそありけれ

うゑはてし門田のさなへいとはやも秋のたのみのおもかげにたつ

ぬば玉の夜つりの舟の帰るらし白帆ぞ見ゆる沖の朝日に

よし玉はひろはぬまでも和歌の浦の蛍をだにもとらんとぞおもふ

あしびきの山のふもとは夏もなし清水ながれて松風ぞふく

吹く風にかたよる池のうき草のたえま涼しき月のかげかな

ねぶりけりたが床夏の花ぞとも知らでや蝶の我ものにして

あかつきの露のぬれぎぬきても見つを鹿のつまの秋はぎの花

もろ共にきて見ぬ野辺のくやしさもそへてぞ見する秋萩の花

夕されば荻のうは葉にふく風のそよ音にたてても鳴なり

来ん人もいまは待たじの雨の夜になのりもつらき虫の音ぞする

おもひいる山路やいづこみ吉野も咲き散る花の同じうき世を

うち日さす大路の柳かつ散りてみやこも秋の夕風ぞ吹く

たづね得し紅葉一枝折とれば深山の秋もなくなりにけり

ここまではあらしも訪はじ奥山の岩がきもみぢ冬も残れり

世の中の秋にあはじとおくれけん一もと野ぎく思ひあがりて

我ひとり知らず顔にもたてりけりねたしかれ野の松の一もと

あら磯の松をよすがにのぼりけり嵐の後の冬のよの月

ささげつる新穂のいねのかずかずに神の恵のかかる冬なり

海ばらは薄墨色に成にけりかつをつり舟くれはてぬまに

よそめにはとけたる中とみえもせんことの葉のみの情なれども