齋藤茂吉

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みちのくの 山峡うづめ つもりたる 雪をわたらふ 山鳥のこゑ

中空に 小さくなりて 照り透し 悲しきまでに 冬の夜の月

白砂の 雪のつもりて しづかなる 池のみぎはに 鶴がねきこゆ

冬靄の おりゐしづめる 夜半ながら 光こもりて 月かたぶきぬ

納豆もちひ われは食ひつつ 熊本の 干納豆を おもひいでつも

冬の夜の 月の光の あらなくに 天の原とほく 冴えわたりけり

寒木瓜の くれなゐの花 ふふめるを 身ぢかく置きて 吾ひとり居り

ひややかに 世のありさまを 見むことは われは老いつつ 為しこともなし

新しき年のはじめに おもふこと ひとつ心に つとめて行かな

みちのくの はらからおもひ 雪ふぶく みちのく山を 忘れておもへや

みちのくの 貧しき友を おもへども 富みて足らへる 吾ならなくに

光さし 春の池べの のどけきに もろともにゐる 白きたづむら

朝あけて 池のみぎはに 飛びくだる 鶴の羽ばたき 大きくもあるか

くれなゐの かうべをあげて 親鶴の みぎはに立てば 雛鶴も居り

冬草の みどりにさせる 日の光 遊びて舞へる 蟲に閑なし

春川の ながれの岸に 生ふる草 摘みてし食へば 若やぐらしも

下総を 朝あけ行けば 冬がれし 國ひくくして 雲なたびきぬ

大き河 そがひにしつつ 相共に 常陸に境ふ 國べを行くも

いろも無く よこたふ砂の 山にして 鹿島の海は 黒く見えたる

利根河の 舟中にして 西空や 紅むら雲も 心にとめむ

ものなべて 黄枯にしづむ 國はらを いろを湛へて 河ながれたる

豊里の 駅の近くの 利根川は おどろくばかり ひろくなりたり

冬がれし 岡の起伏も 見えずなり ひむがしの空 うみのうへの雲

彼岸に 砂の山みえ 利根河は 大きひろらに 音さへもなし

和歌と俳句