齋藤茂吉

1 2 3 4 5 6 7 8 9

黒川の 谿まにそひて のぼりゆく 木曾峠より 今かへりみす

大平の 峠に立てば 天遠く 穂高のすそに 雲しづまりぬ

目のまへを 聳ゆる山に 紅の かたまりいくつ 清けくなりつ

さむざむと 木立なき山 あらはれて その奥がには こもる檜の山

寒き雲 閉しつつある 奥がにし 蓼科山は 有りとこそ云へ

冬がれし 蓼科やまの つづきなる 山のなだれに 入日さしたり

山本に 雲のこごれる あかつきは 諏訪のみづうみ 雲がくりせり

うつつにし はじめて見たる 蓼科は わが眼前に 雪降りにけり

落葉松の 木原のうへに 今朝のあさけ あはれ八ケ嶽 白くなりたる

乗鞍は 白くなりつつ 雲のなき 天の退きへに 暫し見えわたる

さむざむと 雲しづまれる この朝け 蓼科やまに 雪降りにけり

冬さびし 前山のうへに 蓼科の 全けき山は 今ぞ見えたる

雪かむる 現のさまや 天とほき 穂高のやまには 雪降るらしも

北とほく おほに曇りて 見えざるは 白馬に今か 雪降るらしも

山のうへ くらくなりつつ 雲ゐるは 白馬の山を 本とせりけり

けふ一日 風ふきしきて ゆふぐれの うすき光に の降るおと

吹きすさぶ 山のこがらし 一冬を とほすと思へ 堪へがてなくに

ひひらぎの 白き小花の 咲くときに いつとしもなき 冬は来むかふ

ひひらぎの 香にたつ花を 身近くに 置かむともせず 冬深みゆく

いくたびか 時雨のあめの かかりたる 石蕗の花も つひに終りぬ

石蕗に 隣りて生ふる 山羊歯の 黄に伏す時に われは見にけり

いくひらの 公孫樹の落葉 かさなりて ここにしあるか たどきも知らず

わが庭は 冬さびにけり まぼろしに いまだも見ゆる さるすべりの花

冬の光 さしそふ野べの 曼珠沙華 青々としたる 一むらの草

和歌と俳句