齋藤茂吉

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白槿 咲きしばかりの 清しきを 手に取り持ちて 部屋に帰り来

鶏頭の 古りたる紅の 見ゆるまで わが庭のへに ぞ照りける

蜀黍

は あかく實りて 秋の日の 光ゆたかに 差したるところ

秋の日の そこはかとなく かげりたる 牛蒡の畑 越えつつ行けり

われひとり 秋野を行けば 草の實は こぼれつつあり 冬は来むかふ

木曽川に われは来にけり 淵と瀬と あまたまじはりて 水はながるる

駒ケ嶽 見えそめけるを 背後にし 小さき汽車は 峡に入りゆく

峡ひくく なりしあまつ日の 光にて 桂のもみぢ 黄にとほりたり

時のまの 極まりを見む かげともと 御嶽の峯は 入日にけむる

小汽車にて 入りつつ行ける 木曽がはの 川の瀬とほく あるひは近く

木曾谷は 山かさなりて 山のうへに 半ば圓かに 斑らなる雲

山がはに 添ひゆきしかば 遠じろと 瀬の白波の 常うごき見ゆ

秋茱萸の くれなゐの實は 山がはの 淵に立てれば この夕べ見つ

桑の葉の 黄にもみぢたる 畑のべを 心むなしき ごとくに行きつ

蕎麦の畑 すでに刈られて 赤茎の 残れるがうへに 時雨は降るらむ

山椒の 實が露霜に 赤らみて 山がは淵に のぞみつつ見ゆ

鞍馬より のぼり来れる 途の上の 蓼は素がれて 山峡さむし

さ夜ふけて 外の草原に あわただし 時雨の雨は 今か過ぐらし

つゆじもは 幾度降りしと おもふまで 立てる唐辛子の くれなゐ古りぬ

黄ににほふ 丸葉のもみぢ 川浪に たまたま散れば かくろひ流る

赤松の 葉の散りしける 砂原に 時雨の雨は 降りそめにける

氷ケ瀬の ひとつ大樹の さるをがせ 年古りければ 人かへりみる

高原を なほし行なば くらかけの 峠を越えて 飛騨に入るとふ

照るばかり もみぢしたりし み山木の もろ葉のそよぐ 音ぞ聞こゆる

樅の樹は 並びてたてり 川のべに 風をいたみか なべて傾く

赤き實は すき透りつつ 落ちむとす 雪ふるまへの 山中にして

むら雲は 御嶽のかげに 移ろふと 山肌赭く あらはれにける

御嶽の なだれあらはに 見えゐたる はつかの時を われはおもはむ

西空に 乗鞍山の いただきの 見えたる時に こゑ挙げにける

木曾山を くだりてくれば 日は入りて 餘光 とほくもあるか

和歌と俳句