齋藤茂吉

1 2 3 4 5 6 7 8 9

茅蝉の 鳴く諸ごゑを あはれみて 起きいでてくる 朝のひととき

朝夕に むらがり鳴きし 蝉のこゑ 稀々にして 秋立つらしも

あしびきの 山路せまめて むらがれる 車前草のうへに 雨の降る見ゆ

山草に 秋風ふけば かすかなる 花もけふこそ 目にたちにけれ

萩が花 はや幾とせも かへりみず この暁に われ見つるかも

おきいでて わが来る山に 高萱は あひ靡きつつ 露のちる見ゆ

いたどりの 白き小花の むれ咲くを 幾たびも見て 山を越え来ぬ

一谷を へだてて対ふ 夜の山 月照れれども 襞さへ見えず

おのづから 秋づきぬらし 山中の 晴れたる空は 杉の秀のうへ

見おろして ゐたる目下の 山はらに 硫黄をいぶく さまもかなしも

いつくしき やまにもあるか おもほえず 早雲山より 富士の見ゆるは

ねもごろに われは起きゐて さ夜中の 山をいでたる 月かがやきぬ

日もすがら さひまなく 押して居り 釣鐘草の 花も過ぎつつ

さわだちて 杉生を傳ふ 秋かぜの 音を聴くべく 今宵はなりぬ

秋のかぜ 吹きしくなべに 山のべに 紅の小蜻蛉 むらがり飛べり

あはれなる 月かげも見て すすきの穂 いでそむるころ 山くだるなり

雨おほき 夏なりしかど をりをりの 日照りのさまが おもひうかぶも

やまず降る 雨のさなかに いづこゆか もの呆けしごと 雷ぞ聞こゆる

秋の夜の 雲のいそげる 間ありて 利根河のうへに 月明りせり

雲のなかに あまつかりがね 啼くときの 暗き河原を 過ぎにけるかも

萱草の 花もいつしか 過ぎゆきて ゆふべは深く たちわたる

亡き友を しぬぶよすがと この寺の 畳のうへに すわり居りけり

わが庭に ならびて低き 鶏頭は ひと夜あらあらしき 雨に流れぬ

ゆふぐれの かぜ庭土を ふきとほり 散りし百日紅の はなを動かす

和歌と俳句