和歌と俳句

齋藤茂吉

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晩春の山

山鳩の啼きゐる山の下谿は川の鳴瀬にそそぎて行くも

みづうみに下りて行かむ道のべに苺の花は咲きさかりけり

ぬばたまの夜あけしかば山膚にけむるがごとく萌黄だてる見ゆ

みづうみの岸より直にそびえゐる太樹の列にわれはまぢかく

しづかなる石かげに来てハトロン紙に包みし選歌のひも解きにけり

ゆく春の雨ふりそそぎかたむける馬酔木の花のまへを帰るも

くだり来て稍とほそきし山もとに早川の瀬がにごりをあげぬ

近況雑歌

春くれむとしつつ胡頽子の白き花咲きむらがりし鉢を並べぬ

茎赤く萌えにし蕎麦をたまはりぬ朝な朝な食すわがいのち愛し

つちのうへに茎くれなゐに萌えいでしものを食ひつつ君しおもほゆ

森なかに寒さをたもつかくれ沼に散り浮くものは木の花らしも

水のうへに数かぎりなきもの浮けり木立のなかの春くれむとす

木芽

もろもろの木芽ふきいづる山の上にわれは来りぬ寝むと思ひて

夜をこめて曇のしづむ山かひに木芽はいまだととのはなくに

山なかに雉子が啼きて行春の曇のふるふ昼つ方あはれ

花の咲く馬酔木のかげに吾が居れば山の獣やすらふごとし

みづうみを甲へる山の青だちて空のひと隅よ光さしたり

こよひあやしくも自らの掌を見るみまかりゆきし父に似たりや

のぼり来し山の一夜のまなかひにまぼろし見つつ吾は眠らむ

とほき彼方壁の上にはくれなゐの衣を著たるマリア・マグダレナ

北平の城壁くぐりながながと駱駝の連はあゆみそめ居り

涙いでてシンガポールの日本墓地よぎりて行きしこともおもほゆ

山襞のうねれる見ればこの朝明ほのけきがごと青みそむるなり

こころ虚しく見むと思へや山の上の湖にしきりに曇をおくる

行春の雨のそそげる山なかにためらふ間なく葉はうごきけり

山こえて雨ふりくれば目のまへの若かへるでのゆるるこの夜

平福泰子新婚賀

父ぎみが絵をかくそばに時たまに這ひだして来しことも吾が知る

わが心奥にゆらぎて嬉しきは背の君にしも豈おとらめや

中村良子新婚賀

とことはに断ゆることなきみ血筋とともしびの下ににほふにひづま

よろこびををしみじみとして語りたり文明君と床をならべて