齋藤茂吉

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蛍と蜻蛉

蠶の部屋に 放ちし蛍 あかねさす 晝なりしかば 首すぢあかし

蚊帳のなかに 放ちし 夕されば おのれ光りて 飛びそめにけり

あかときの 草の露玉 七いろに かがやきわたり 蜻蛉うまれぬ

あかときの 草に生れて 蜻蛉はも 未だ軟らかみ 飛びがてぬかも

小田のみち 赤羅ひく日は のぼりつつ 生れし蜻蛉も かがやきにけり

折に触れて

来て見れば 雪消の川べ しろがねの 柳ふふめり 蕗の薹も咲けり

あづさゆみ 春は寒けど 日あたりの よろしき處 つくづくし萌ゆ

生きて来し 丈夫がおも 赤くなり 踊るを見れば 嬉しくて泣かゆ

かへり来て 今日のうたげに 酒をのむ 海のますらをに 髯あらずけり

み佛の生れましの日と 玉蓮 をさな朱の葉 池に浮くらし

み佛の御堂に垂るる 藤なみの 花のむらさき 未だともしも

青玉の から松の芽は ひさかたの 天にむかひて 並びてを萌ゆ

はるさめは 天の乳かも 落葉松の 玉芽あまねく ふくらみにけり

みちのくの 佛の山の こごしこごし 岩秀に立ちて 汗ふきにけり

天の露 おちくるなべに 現し世の 野べに山べに 秋花咲けり

涅槃会を まかりて来れば 雪つめる 山の彼方に 夕焼のすも

小瀧まで 行著きがてに くたびれし 息づく坂よ 山鳩のこゑ

夕ひかる 里つ川水 夏くさに かくるる處 まろき山見ゆ

火の山を 繞る秋雲の 八百雲を ゆらに吹きまく 天つ風かも

岩の秀に 立てばひさかたの 天の川 南に垂れて かがやきにけり

天なるや 群がりめぐる 高ぼしの いよいよ清し 山高みかも

雲の中の 蔵王の山は 今もかも けだもの住まず 石あかき山

あめなるや 月讀の山 はだら牛 うち臥すなして 目に入りにけり

和歌と俳句