和歌と俳句

釈迢空

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御柱海道 凍てて真直なり。かじけつつ 鶏はかたまりて居る

うちわたす 大泉 小泉 山なほ見え、刈り田の面は、昏くなりたり

八ヶ嶺の その山並みに、蓼科の山の腹黄なり。霧霽れくれば

八ヶ嶽の山うらに吸ふ朝の汁 さびしみにけり。魚のかをりを

諏訪びとは、建御名方の後といへど、心穏ひの あしくもあらず

この心 悔ゆとか言はも。 ひとりの おやをかそけく 死なせたるかも

かみそりの鋭刃の動きに おどろけど、目つぶりがたし。母を剃りつつ

あわただしく 母がむくろをはふり去る心ともなし。夜はの霜ふみ

見おろせば、膿湧きにごるさかひ川 この里いでぬ母が世なりし

まれまれは、土におちつくあわ雪の 消えつつ 庭のまねく濡れたり

苔つかぬ庭のすゑ石 面かわき、雨あがりつつ 昼の久しさ

古庭と荒れゆくつぼも ほがらかに、昼のみ空ゆ 煙さがるも

町なかの煤ふる庭は、ふきの薹たちよごれつつ 土からび居り

庭の木の立ち枯れ見れば、白じろと 幹にあまりて、虫むれとべり

二た七日 近づきにけり。家深く 蔵に出で入る土戸のひびき

家ふえてまれにのみ来るの、かれ 鳴き居りと、兄の言ひつつ

静けさは 常としもなし。店とほく、とほりて響く ぜに函の音

さびしさに馴れつつ住めば、兄の子のとよもす家を 旅とし思ふ

はらからのかくむ火桶に脣かわき、言にあまれる心はたらへり

顔ゑみて その言しぶる弟の こころしたしみは、我よく知れり

たまたまは 出でつつ間ある兄の留守 待つにしもあらず 親しみて居り

若げなるおもわは、今は ととのほり、叔母のみことの 母さびいます

遠くより 帰りあつまるはらからに、事をへむ日かず、いくらも残らず

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