和歌と俳句

釈迢空

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大正8年

霜夜

竹山に 古葉おちつくおと聞ゆ。霜夜のふけに、覚めつつ居れば

わがせどに 立ち繁む竹の梢冷ゆる 天の霜夜と 目を瞑りをり

とまり行く音と聞きつつ さ夜ふかき時計のおもてを 寝て仰ぎ居り

枕べのくりやの障子 あかりたり。畳をうちて、鼠をしかる

ひきまどのがらすにあたる風のおと 霜の白みは、夜あけかと思ふ

くりや戸のがらすにうつる こすもすの夜目のそよぎは、明け近からし

息ざしの 土に触りたる外のけはひ 誰かい寝らし。わが軒のうちに

蒜の葉

薩摩より、汝がふみ来到る。ふみの上に、涙おとして喜ぶ。われは

雪間にかがふ蒜の葉 若ければ、我にそむきて行く心はも

おのづから 歩みとどまる。雪のうへに なげく心を、汝は 知らざらむ

朝風に、粉雪けぶれるひとたひら 会津の櫻 固くふふめり

雪のこる会津の澤に、赤きもの 根延ふしどみは、かたまり咲けり

踏みわたる山高原の斑れ雪 心さびしも。ひとりし行けり

会津嶺に ふりさけけぶる雪おろしを 見つつ呆れたる心とつげむ

榛の木の若芽つやめく昼の道。ほとほと 心くづほれ来る

屋の上は、霜ふかからむ。会津の山 思ひたへ居り。夜はの湯槽に

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