和歌と俳句

釈迢空

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冬立つ厨

くりやべの夜ふけ あかあか 火をつけて、鳥を煮 魚を焼き、ひとり 楽しき

はしために、昼はあづくる くりやべに、鍋ことめける この夜ふけかも

米とげば、手ひら荒るれ。今はもよ。この手を撫でて、誰かなげかむ

年かへる春のあしたは、四十びとぞ と 思へど、我は、たのしまざらめや

物ら喰ひ 腹のふくれて たふれ寝る われをあはれぶ人 或はあらむ

人の世の嫁が とりみる寒き飯 底れる汁に 飽かむ 我かは

物見れば、見る物ごとに、喰はむと思ふ。むべ わが幸も 喰ふに替へつる

前の世の 我が名は、人に な言ひそよ。藤沢寺の餓鬼阿弥は、我ぞ

過ぎ行ける 左千夫の大人は、牛の腹の臓腑を貪り よろこび給ひき

物喰みの 一期病ひに足らへども、かそけく 心 うごくことあり

胃ぶくろに満たば、嘔りて また喰はむ。あき足らふ時の あまり すべなさ

枇杷の花

住みつきて、この家かげに あたる日の 寒きにほひを なつかしみけり

この庭や、冬木むら立つ土 さむし。朝の曇りに、鳥のおりつる

家びとに、心すなほに もの言ひて、かりそめ心 うちなごみ居り

ただ ひと木 花ある梢の しづけさよ。煤けてたもつ 枇杷の葉の減り

風出でて やがて 暮れなむ日のかげりに、花めきてあり。枇杷の花むら

さ夜ふけ と 夜はふけにけり。起きてゐて、いそしめる子の 二階の身じろき

さ夜なかに、茶をいれて居るしづ心。寝よと思ふに 起きゐる子かも