和歌と俳句

釈迢空

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町中に、鶏鳴きにけり。空際のあかりまされるは、夜深かるらし

犬の子の鳴き寄る声の 死にやすき生きのをに思ふ恋ひは、さびしも

遂げがたき心なりけり。ありさりて、空しとぞ思ふ。雪のうは解け

軒ごもりに 秋の地虫の声ならで、つたはり来るは 人鼾くらし

うるはしき子の 遊びとよもす家のうちに、心やすけき人となりぬらむ

直面に たたひ満ちたる暗き水。思ひ堪へなむ。ひとりなる心に

水の面の暗きうねりの上あかり はるけき人は、我を死なしめむ

水のおもの深きうねりの ゆくりなく目を過ぎぬらし。遠びとのかげ

闇夜の 雲のうごきの静かなる 水のおもてを堪へて見にけり

みぎはに、芥焼く人居たりけり。静けき夜らを、恋ひにけるかも

川みづの夜はの明りに うかびたる木群のうれは、揺れ居るらしも

くら闇に そよぎ親しきものの音。水蘆むらは、そがひなりけり

遠ぞく夜風の音や。いやさかる思ひすべなく 雨こぼるめり

父母の庭の訓へにそむかねば、心まさびしき二十年を経つ

川波の白くくだくる橋柱の あらはれ来つつ 人は還らめや

あかり来る橋場の水に、あかときのあわ雪ふりて、消えにけるかも

春山の青葉たけつつつやめける 日となりながら、昼のさびしさ

はやち吹く 並み木の原は、まきみてる蝉よりほかの声 たたずけり

この日ごろ ことばはげしくなりたりけり。さびしき心 人を叱るも

若き人の怠りくらす心はさびし。いましめ易きことにあらず

うつそみの人はさびしも。すさのをぞ 怒りつつ 国は成しけるものを

洋なかに おだやむ風や。目をあきて、親のいまはの息の音 きけり