和歌と俳句

飯田蛇笏

雪峡

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雲海を上れる月の翳仄か

月光をふるはす桐の蟲一つ

水月の望の光りに嶽おろし

四方の嶺にひくき菩薩嶺後の月

ゆく路に夕かげの浮く盆会かな

渓川のしのつく雨に盆送り

花淡く茎のかがよふ雨の

梨圃のきよき流れの集果船

早稲の香や老樹の柘榴垣に垂り

高丘にゆびさす雲の秋つばめ

甕にさす實柘榴すこしうちたわみ

山柿のひと葉もとめず雲の中

仰ぐなみだごころをたれかしる

極月の白昼艶たつは海の藍

老顔の倦むをしらざるひなたぼこ

降る雪や玉のごとくにランプ拭く

日象と雪山ふかく水かがみ

嶽は午の溪をへだつる雪の面

年惜しむ高層街の夜の雨

冬の墓人遠ざくるごとくにも

冬潮に河口は澄みてみやこ鳥

外濠の鴨を窗邊に年用意

水月に雨がきらりと枯れ蓮

甲斐駒にくれいろひくく宙の凍て

日出の凍雲もなく釈迦ヶ嶽