和歌と俳句

雁 かりがね

子規
玉づさを いそぎよみする 心地せり 見る間にすぐる 天津雁金


夕さればむらさき匂ふ筑波嶺のしづくの田居に雁鳴き渡る

一葉
霧ふかみこぞ来し道や迷ひけん今年はおそきはつ雁のこゑ

一葉
うつろひし菊の香寒き暁におくれて来たる雁がねぞする

不二こえたくたびれ皃や隅田の雁 子規

夕榮や雁一つらの西の空 子規

子規
ともし火に 玉章てらす 心地して 月のおもてを 渡るかりがね

子規
山のはの をぐらき陰ゆ 飛ぶ雁の 月あるかたに 現はれて行く

子規
むさしのの 尾花の末は さだかにて 月よりさきに 落る雁金

一葉
なれもまた世の人ぎきやいとふらむ更けて音になく天つ雁がね

一葉
秋もややはだ寒くなる夕風にあはれ初雁なき渡るなり

雁いくつ一手は月を渡りけり 子規

下し来る雁の中也笠いくつ 子規

月の出や皆首立てて小田の雁 子規

一葉
うちあふぐそらにこゑして過ぐるかなたよりやいづら天つ雁がね

茂吉
最上川ながるるがうへにつらなめて雁飛ぶころとなりにけるかも

便船や夜を行く雁のあとや先 漱石

釵で行燈掻き立て雁の声 子規

仁和寺の門田に雁のおつる也 碧梧桐

母衣かけて車に雁を聞く夜哉 碧梧桐

竿になれ鉤になれ此処へおろせ雁 漱石

左千夫
天雲の切れめさやけみ月すみて隅田の水上かりなき渡る


夕さればむらさき匂ふ筑波嶺のしづくの田居に雁鳴き渡る

左千夫
もろこしの秋野や如何に吾夫がみ墓やいかに天つかりがね

海近く雁の下り居る田の面かな 碧梧桐

森蔭になり行く雁の鳴く音かな 碧梧桐

一人住んで聞けば雁なき渡る 漱石

かりがねの斜にわたる帆綱かな 漱石

雁や渡る乳玻璃に細き灯を護る 漱石

北窓は鎖さで居たり月の雁 漱石

晶子
ひとりゐて 雁をきくかな 味わろき 夜の食事の いく時の後

逝く人に留まる人に来る雁 漱石

ただ一羽来る夜ありけり月の雁 漱石

はつ雁に几帳のかげの色紙かな 蛇笏