和歌と俳句

正岡子規

1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12

夕陽に馬洗ひけり秋の海

月の出や皆首立てて小田の

の声ばかり也箱根山

籠あけて雑魚にまじりし鱸哉

や夕日の里は見えながら

や夕日の坐敷十の影

秋の蠅叩かれやすく也にけり

秋の蠅二尺のうちを立ち去らず

暁や厨子を飛び出るきりぎりす

夜をこめて麦つく音やきりぎりす

馬ひとり木槿にそふて曲りけり

大柳散りつくすとも見えざりき

古寺に灯のともりたる紅葉

焼てしづかに話す夕哉

野社に子供のたえぬ榎実哉

の入谷豆腐の根岸哉

や君いかめしき文学士

白萩のしきりに露をこぼしけり

萩の花くねるとなくてうねりけり

鶏頭や賤が伏家の唐錦

月落て江村蘆の花白し

白水の行へや蓼の花盛り

淋しさを猶も紫苑ののびるなり

南山にもたれて咲くや菊の花

菊の垣犬くぐりだけ折れにけり

旭に向くや大輪の露ながら

隣からともしのうつるばせを

芭蕉破れて書読む君の声近し

蓮の実のこぼれ尽して何もなし

稲の穂の伏し重なりし夕日哉

茸狩女と知れし木玉哉

獣の鼾聞ゆる朝寒み

何笑ふ声ぞ夜長の台所

馬も居らず駕にもあはず秋の暮

月ながら暮れ行く秋ぞうとましき

乗懸に九月尽きたり宇都の山

鳶舞ふや本郷台秋日和

秋晴れて塔にはさはるものもなし

一日の秋にぎやかに祭りかな

松一木根岸の秋の姿かな

舟に寐て我にふりかかる花火

長崎や三味線提げて墓参

草市のあとや麻木に露の玉

向きあふて何を二つの案山子

秋はまた春の残りの三阿弥陀

新酒売る家は小菊の莟かな

打てばほろほろと星のこぼれける

鯛もなし柚味噌淋しき膳の上

稲妻に金屏たたむ夕かな

名月や人うづくまる石の上