和歌と俳句

正岡子規

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これ見たか秋に追はるゝうしろ影

秋風や伊豫へ流るゝ汐の音

ゆらゆらと廻廊浮くや秋の汐

松山や秋より高き天主閣

頭上の岩をめぐるや秋の雲

痩せたりや二十五年の秋の風

待つ夜半や月は障子の三段目

名月や叩かば散らん萩の門

秋風やはりこの龜のぶらんぶらん

行燈のとゞかぬ松や三日の月

薄より萱より細し二日月

旅寐九年故郷のぞあり難き

日は西におしこまれけりけふの月

山の秋雲往来す不動尊

原中や野菊に暮れて天の川

児二人並んで寐たる夜寒

二軒家は二軒とも打つ

神さびて秋さびて上野さびにけり

一つ家に泣聲まじる

鶴一つ立つたる秋の姿哉

はつきりと垣根に近し秋の山

秋さびた石なら木なら二百年

都には何事もなし秋の風

風を秋と聞く時ありて犬の骨

火ちらちら足もとはしる秋の風

うつ隣に寒きたびね哉

秋のくれ壁見るのでもなかりけり

三日月はたゞ明月のつぼみ哉

稲妻に行きあたりたる闇夜哉

どこで引くとしらで廣がる鳴子かな

秋の蚊や親にもらふた血をわけん

横窓は嵯峨の月夜や蟲の聲

浮樽や小嶋ものせて鰯引

落鮎や小石小石に行きあたり

あぜ道や稲をおこせば飛ぶ

秋の蚊を追へどたわいもなかりけり

日にさらす人の背中や秋の蠅

鈴蟲や露をのむこと日に五升

忘れたる笠の上なり石たゝき

や椎の實ひろふ日は長き

蜻蛉やりゝととまつてついと行

わびしげに臑をねぶるや秋の蠅

追ひつめた鶺鴒見えず渓の景

これ程の秋を薄のおさへけり

三日月の重みをしなふすゝきかな

石上の梦をたゝくや桐一葉

見てをればつひに落ちけり桐一葉

九日も知らぬ野菊のさかり哉

城あとや石すえわれて蓼の花

はちわれて實をこぼしたる柘榴

ふみこんで歸る道なしの原

葛花や何を尋ねてはひまはる

行く秋のふらさかりけり烏瓜

武蔵野に月あり八百里

の香や闇に一すぢ野の小道

野菊折る手元に低し伊豆の嶋

一枝は荷にさしはさむ菊の花

隣からそれて落ちけり桐一葉

落葉かく子に茸の名を尋けり

順禮の木にかけて行く落穗哉