和歌と俳句

伊勢

後撰集・恋
わたつみとあれにし床を今更にはらはば袖や泡とうきなん

後撰集・恋
岸もなく潮し満ちなば松山を下にて浪は越さむとぞ思

後撰集・恋
我が宿とたのむ吉野に君し入らば同じかざしを挿しこそはせめ

後撰集・恋
住の江の目に近からば岸にゐて浪の数をもよむべき物を

後撰集・恋
恋ひてへむと思心のわりなさは死にても知れよ忘れがたみに

後撰集・恋
秋とてや今は限の立ぬらむ思ひにあへぬ物ならなくに

後撰集・恋
見し夢の思出でらるる宵ごとに言はぬを知るは涙なりけり

後撰集・恋
世の常の人の心をまだ見ねば何かこの度消ぬべきものを

後撰集・恋
日を経ても影に見ゆるは玉葛つらきながらも絶えぬなりけり

後撰集・恋
おぼろげのあまやはかづく伊勢の海の波高き浦に生ふる見るめは

後撰集・恋
影見ればいとど心ぞ惑はるる近からぬ気のうときなりけり

後撰集・恋
目に見えぬ風に心をたぐへつつやらば霞のわかれこそせめ

後撰集・恋
わびはつる時さへ物のかなしきはいづこを忍心なるらむ

後撰集・恋
否諾とも言ひ放たれず憂き物は身を心ともせぬ世なりけり

後撰集・恋
夏虫の知る知る迷思ひをば懲りぬ悲しと誰か見ざらん

後撰集・雑歌
海とのみ円居の中はなりぬめりそながらあらぬ影の見ゆれば

後撰集・雑歌
ふるる身は涙の中に見ゆればや長柄の橋に誤たるらむ

後撰集・雑歌
吹風の下の塵にもあらなくにさも立ちやすき我が無き名かな

後撰集・雑歌
面影を逢ひ見し数になす時は心のみこそ静められけれ