和歌と俳句

角川源義

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炎天やマキンタラワのおらびごゑ

炎昼やわれにさびしき兵のさが

敗戦の向日葵すらも陽にそむき

夏鴉瓦礫のなかにうづくまる

夕吹雪鴉寄り来る桑畑

信濃路は鷄もなかず桑畑

火の山の枯生にたまる日の匂ひ

湖暮れて凍雲のひかり我におよぶ

ひとりゐの膝こぶいたく雁かへる

春昼の潮にたたなはり来る愁ひ

たらちねをおもへり春の潮ひかり

海暮れて踊子の足袋白くめぐる

海照りは山の彼方に蟻つぶす

伊豆の海星の消えゆく菊の雨

桜紅葉しばらく照りて海暮れぬ

岐れ路の塞神の乾飯秋白き

林檎さむくまろぶ都に生きがたく

みぞるるや煙管たたかす河あかり

日だまりに煙草のうまし寒雀

雪雲のおもきに疲れ眼鏡おく

濁り水海まぎれゆく冬鴉

雪嶺に雪よぶ鴉きえにけり

きりぎしに冬濤しろく児をおもふ

はらら雨枯生にたまる海の蒼

犬吠や海狼のごとく冬の雲

きぞの夢はつはつ光る沼凍てぬ

炬燵寝のつま帯かたく貌あげぬ

雛の日や道玄坂の黄なる空

明けやすき列車かぐろく野をかぎる

冬利根や葦原わたる暁のいろ

葬り処の梅白くして海暮れぬ

宮城野や池水あふれ冬ざるる

月出でて起伏をさまる冬の丘

蓑虫のちちよ父よと哭く我か

散るさくら帰郷の靴を孤児にゆだね

菜の花や鴉啼かむの形に佇つ

菜の花や鴉うかがふ沼の家

春雪や信濃に入りて貌変る

春雪の石に消えゆく父の命

蝶のごと裸木めぐる春の雪

哭く鴉雪山ちかき家の群

哭く鴉妙高にたつ雪煙

雲雀たかく雪山隈に夕日照る

落葉松にさくらまじりて朝となりぬ

山ざくら碓氷くだりて日の炎ゆる

海棠や家の奥より人出で来

春昼の谷わたりゆく雷ひとつ

塞神下田へとほき桐の花

海照りに火の島見ゆれ桐の花

松の蕊火のおさまりて島暮るる

罌粟咲くや悔恨消えし朝の波

火の島の春たなぐもも夕づきぬ

桐の花耶蘇下りて海の駅暮れぬ

コロンバンと見さだめ春の夜となりぬ

銀座びと生き愉しめり春の雷

昼のハム臼歯にからむ春の雷

菜の花や唖々と鴉の啼きすぎぬ

高熱の魂は夏野にいざなはれ

高熱の青き蜥蜴の沙に消え

青蜥蜴潮たたなはり来る愁ひ

紅富士や泰山木は花かかげ

蝶の雨こぼるるままに沙に消え

万緑やわが恋川をへめぐれる

雷怺ふ蟹の鋏をもぎ放つ

雷怺ふ蟹のはさみに蟻はだかり

葉桜やことなげに顔剃られたる

夕ごころまだ定まらず夏祭

葉桜や車空なるきつね雨

夏草やめざまし刻をきざまざる

雨近き蝶の狂へり栗の花

夏女ののしり行けば賀茂暮れぬ

下京や卵茹だれる夏木立

石の階芭蕉の雨をのぼりたり

葉桜や朝寝の町の水打てり

檐ふかくきぞの灯残るかな

卵すすり狂女笑へり雷遠し

葉桜や駅廊かたき朝づとめ

夏草や鴉は黝くうなじ垂れ

うからみな愁しみもてり柿青く

かはたれの鴉啼きたつ柿青く

かはたれに祈る父はや夏憑かれ

いかづちの我が恋遠き藍浴衣

かなかなかなと河あかりして暁けゆくや

轢音のあと万緑のまろび来る

妻恋へば七月の野に水の音

緑なす野はことなげに穂を起し

芋の葉に日はとどまりて海遠し

妙高は雨降るらしも合歓の花

信濃路夏木にまじる蔵白く

朱のポスト炎昼の犬舌を垂る

朝向日葵教会の婢みごもるか

路地暑し昨夜の自動車歌かなで

万緑や連山朝の日をかへす

竹煮草浅間は雲の湧くごとし

沓掛へ日傘降りゆく男郎花

蝶の雨鬼呼ぶ声の母屋より

蝶の雨犬来てまろぶ芝の上

百日紅峡のぼり来る声高し

夕野分マチスは朱の彩に臥す

こごもると乳房八月の翳つくる

きぞの船あとかたもなき野分かな

海照りを鴉たゆたふ野分かな

はらからは今日をかぎりの柿ちぎる

百日紅親子は生国を失へり

稲の穂の撓む国よりまかり出づ

秋鏡うつす人なく立ちゐるか

冬隣夜に入りて雨谷埋め

露時雨窓下白紙の暁けゐるや

花八ツ手たかだかと塔時雨れけり

冬の蠅渡海の妻の肩にすがり

滑台冬の落暉は児を隠す

冬没日職なき人をバス追へり

柿吊られ酒売る店のはや灯す

丘越えてまた冬海のさ碧なる

吾子泣くか雪山かぎる杉一樹

燈の下に牡蠣喰ふ都遠く来て

冬川の石群ひかる妻子如何に

鳥影もなく蔵王冬日に照られをり

蔵王権現山裾こがす冬日かな

冬菜赤きみちのく山よ妻恋ひぬ

福島駅冬梨のごと人黙す

寒き貌列車乗り来る林檎はむ

母恋ふと故郷のごと山枯るる

山焼く火夕ぐれ急ぐまんとの子

凍て急ぐ夕べ磐城の山燃ゆる