和歌と俳句

源氏物語の中の短歌

松風

行くさきをはるかに祈る別れ路にたへぬは老いの涙なりけり

もろともに都は出できこのたびや一人野中の道に惑はん

いきてまた逢ひ見んことをいつとてか限りも知らぬ世をば頼まん

かの岸に心寄りにし海人船のそむきし方に漕ぎ帰るかな

いくかへり行きかふ秋を過ごしつつ浮き木に乗りてわれ帰るらん

身を変へて一人帰れる山里に聞きしに似たる松風ぞ吹く

ふるさとに見し世の友を恋ひわびてさへづることを誰か分くらん

住み馴れし人はかへりてたどれども清水ぞ宿の主人がほなる

いさらゐははやくのことも忘れじをもとの主人や面変はりせる

契りしに変はらぬ琴のしらべにて絶えぬ心のほどは知りきや

変はらじと契りしことを頼みにて松の響に音を添へしかな

月のすむ川の遠なる里なれば桂の影はのどけかるらん

久方の光に近き名のみして朝夕霧も晴れぬ山ざと

めぐりきて手にとるばかりさやけきや淡路の島のあはと見し月

浮き雲にしばしまがひし月影のすみはつるよぞのどけかるべき

雲の上の住みかを捨てて夜半の月いづれの谷に影隠しけん