まだふりぬものにはあれど君がため深き心にまつとしらなん
長き世をたのめてもなほ悲しきはただ明日知らぬ命なりけり
心をば歎かざらまし命のみ定めなき世と思はましかば
世に知らず惑ふべきかな先に立つ涙も道をかきくらしつつ
涙をもほどなき袖にせきかねていかに別れをとどむべき身ぞ
宇治橋の長き契りは朽ちせじをあやぶむ方に心騒ぐな
絶え間のみ世には危ふき宇治橋を朽ちせぬものとなほたのめとや
年経とも変はらんものか橘の小嶋の崎に契るこころは
橘の小嶋は色も変はらじをこの浮舟ぞ行くへ知られぬ
峰の雪汀の氷踏み分けて君にぞ惑ふ道にまどはず
振り乱れ汀に凍る雪よりも中空にてぞわれは消ぬべき
ながめやるそなたの雲も見えぬまで空さへくくる頃のわびしさ
ながめやる遠の里人いかならんはれぬながめにかきくらすころ
里の名をわが身に知れば山城の宇治のわたりぞいとど住みうき
かきくらし晴れせぬ峰のあま雲に浮きて世をふる身ともなさばや
つれづれと身を知る雨のをやまねば袖さへいとど水かさまさりて
浪こゆる頃とも知らず末の松まつらんとのみ思ひけるかな
いづくにか身をば捨てんとしら雲のからぬ山もなく泣くぞ行く
歎きわび身をば捨つとも亡きかげに浮き名流さんことをこそ思へ
からをだにうき世の中にとどめずばいづくをはかと君も恨みん
のちにまた逢ひ見んことを思はなんこのよの夢に心まどはで
鐘の音の絶ゆる響きに音を添へてわが世尽きぬと君に伝へよ