和歌と俳句

源氏物語の中の短歌

浮舟

まだふりぬものにはあれど君がため深き心にまつとしらなん

長き世をたのめてもなほ悲しきはただ明日知らぬ命なりけり

心をば歎かざらまし命のみ定めなき世と思はましかば

世に知らず惑ふべきかな先に立つ涙も道をかきくらしつつ

涙をもほどなき袖にせきかねていかに別れをとどむべき身ぞ

宇治橋の長き契りは朽ちせじをあやぶむ方に心騒ぐな

絶え間のみ世には危ふき宇治橋を朽ちせぬものとなほたのめとや

年経とも変はらんものか橘の小嶋の崎に契るこころは

橘の小嶋は色も変はらじをこの浮舟ぞ行くへ知られぬ

峰の雪汀の氷踏み分けて君にぞ惑ふ道にまどはず

振り乱れ汀に凍る雪よりも中空にてぞわれは消ぬべき

ながめやるそなたの雲も見えぬまで空さへくくる頃のわびしさ

ながめやる遠の里人いかならんはれぬながめにかきくらすころ

里の名をわが身に知れば山城の宇治のわたりぞいとど住みうき

かきくらし晴れせぬ峰のあま雲に浮きて世をふる身ともなさばや

つれづれと身を知る雨のをやまねば袖さへいとど水かさまさりて

浪こゆる頃とも知らず末の松まつらんとのみ思ひけるかな

いづくにか身をば捨てんとしら雲のからぬ山もなく泣くぞ行く

歎きわび身をば捨つとも亡きかげに浮き名流さんことをこそ思へ

からをだにうき世の中にとどめずばいづくをはかと君も恨みん

のちにまた逢ひ見んことを思はなんこのよの夢に心まどはで

鐘の音の絶ゆる響きに音を添へてわが世尽きぬと君に伝へよ