生ひ立たんありかも知らぬ若草をおくらす露ぞ消えんそらなき
初草の生ひ行く末も知らぬまにいかでか露の消えんとすらん
初草の若葉の上を見つるより旅寝の袖も露ぞ乾かぬ
枕結ふ今宵ばかりの露けさを深山の苔にくらべざらなん
吹き迷ふ深山おろしに夢さめて涙催す滝の音かな
さしぐみに袖濡らしける山水にすめる心は騒ぎやはする
宮人に行きて語らん山ざくら風よりさきに来ても見るべく
優曇華の花まち得たるここちして深山桜に目こそ移らね
奥山の松の戸ぼそを稀に開けてまだ見ぬ花の顔を見るかな
夕まぐれほのかに花の色を見て今朝は霞の立ちぞわづらふ
まことにや花のほとりは立ち憂きと霞むる空のけしきをも見ん
面かげは身をも離れず山ざくら心の限りとめてこしかど
嵐吹く尾上のさくら散らぬ間を心とめけるほどのはかなさ
浅香山浅くも人を思はぬになど山の井のかけ離るらん
汲み初めてくやしと聞きし山の井の浅きながらや影を見すべき
見てもまた逢ふ夜稀なる夢の中にやがてまぎるるわが身ともがな
世語りに人やつたへん類ひなく憂き身をさめぬ夢になしても
いはけなき鶴の一声聞きしより葦間になづむ船ぞえならぬ
手に摘みていつしかも見ん紫の根に通ひける野辺の若草
あしわかの浦にみるめは難くともこは立ちながら帰る波かは
寄る波の心も知らで和歌の浦に玉藻なびかんほどぞ浮きたる
朝ぼらけ霧立つ空の迷ひにも行き過ぎがたき妹が門かな
立ちとまり霧の籬の過ぎうくば草の戸ざしに障りしもせし
ねは見ねど哀れとぞ思ふ武蔵野の露分けわぶる草のゆかりを
かこつべき故を知らねばおぼつかないかなる草のゆかりなるらん