山風に霞吹き解く声はあれど隔てて見ゆる道の白波
遠近の汀の波は隔つともなほ吹き通へ宇治の川風
山桜にほふあたりな尋ね来て同じ挿頭を折りてけるかな
挿頭折る花のたよりに山賎の垣根を過ぎぬ春の旅人
われなくて草の庵は荒れぬともこの一ことは枯れじとぞ思ふ
いかならん世に枯れせん長き世の契り結べる草の庵は
牡鹿鳴く秋の山里いかならん小萩が露のかかる夕暮れ
涙のみきりふさがれる山里は籬に鹿ぞもろ声に鳴く
朝霧に友惑はせる鹿の音を大方にやは哀れとも聞く
色変はる浅茅を見ても墨染めにやつるる袖を思ひこそやれ
色変はる袖をば露の宿りにてわが身ぞさらに置き所なき
秋霧の晴れぬ雲井にいとどしくこの世をかりと言ひ知らすらん
君なくて岩のかけ道絶えしより松の雪をも何とかは見る
奥山の松葉に積もる雪とだに消えにし人を思はましかば
雪深き山の桟道君ならでまたふみ通ふ跡を見ぬかな
つららとぢ駒踏みしだく山河を導べしがてらまづや渡らん
立ち寄らん蔭と頼みし椎が本むなしき床になりにけるかな
君が折る峰のわらびと見ましかば知られやせまし春のしるしも
雪深き汀の小芹誰がために摘みかはやさん親無しにして
つてに見し宿の桜をこの春は霞隔てず折りて挿頭さん
いづくとか尋ねて折らん墨染めに霞こめたる宿の桜を