和歌と俳句

源氏物語の中の短歌

椎が本

山風に霞吹き解く声はあれど隔てて見ゆる道の白波

遠近の汀の波は隔つともなほ吹き通へ宇治の川風

山桜にほふあたりな尋ね来て同じ挿頭を折りてけるかな

挿頭折る花のたよりに山賎の垣根を過ぎぬ春の旅人

われなくて草の庵は荒れぬともこの一ことは枯れじとぞ思ふ

いかならん世に枯れせん長き世の契り結べる草の庵は

牡鹿鳴く秋の山里いかならん小萩が露のかかる夕暮れ

涙のみきりふさがれる山里は籬に鹿ぞもろ声に鳴く

朝霧に友惑はせる鹿の音を大方にやは哀れとも聞く

色変はる浅茅を見ても墨染めにやつるる袖を思ひこそやれ

色変はる袖をば露の宿りにてわが身ぞさらに置き所なき

秋霧の晴れぬ雲井にいとどしくこの世をかりと言ひ知らすらん

君なくて岩のかけ道絶えしより松の雪をも何とかは見る

奥山の松葉に積もる雪とだに消えにし人を思はましかば

雪深き山の桟道君ならでまたふみ通ふ跡を見ぬかな

つららとぢ駒踏みしだく山河を導べしがてらまづや渡らん

立ち寄らん蔭と頼みし椎が本むなしき床になりにけるかな

君が折る峰のわらびと見ましかば知られやせまし春のしるしも

雪深き汀の小誰がために摘みかはやさん親無しにして

つてに見し宿のをこの春は霞隔てず折りて挿頭さん

いづくとか尋ねて折らん墨染めに霞こめたる宿の桜を