和歌と俳句

飯田蛇笏

家郷の霧

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雁ゆきてべつとりあをき春の嶺

植林のかすみて遠き雉子かな

花ふぶきして日みなぎるの波

春尽くる有情にとかく小夜嵐

雙燕をしのぶ信濃の浴泉記

風きつてあした峡閒の初つばめ

寒明くる渓のとどろきくもれども

寒明の濡るる棚田に渓の音

春嵐郷に執するわびごころ

遠ければ遠きだけ澄む深山

花過ぎの夜色なづみて遠蛙

桃芽立のこれる花の二三瓣

奥嶽に瀑の聾ひたる暮春かな

藪の樹の夏めき昏れぬ青葉木菟

殻蝸牛人生おもひ測らるる

麥は穂に野坂のしめる狐雨

郭公啼くかなたに知己のあるごとし

夏むかふ嶽の雲閒につばくらめ

夕映えて八つ手がくりに紅カンナ

山颪しする隠棲の白葵

世に古るは一峡一寺のこゑ

ひなげしのにこ毛の蕾花に添ひ

白昼の畝閒くらみて穂だつ

日も月も遠き山系秋の雪

山深く生きながらふる月の秋