雁ゆきてべつとりあをき春の嶺
植林のかすみて遠き雉子かな
春尽くる有情にとかく小夜嵐
雙燕をしのぶ信濃の浴泉記
風きつてあした峡閒の初つばめ
寒明くる渓のとどろきくもれども
寒明の濡るる棚田に渓の音
春嵐郷に執するわびごころ
遠ければ鶯遠きだけ澄む深山
花過ぎの夜色なづみて遠蛙
桃芽立のこれる花の二三瓣
奥嶽に瀑の聾ひたる暮春かな
藪の樹の夏めき昏れぬ青葉木菟
殻蝸牛人生おもひ測らるる
麥は穂に野坂のしめる狐雨
郭公啼くかなたに知己のあるごとし
夏むかふ嶽の雲閒につばくらめ
夕映えて八つ手がくりに紅カンナ
山颪しする隠棲の白葵
世に古るは一峡一寺蝉のこゑ
ひなげしのにこ毛の蕾花に添ひ
白昼の畝閒くらみて穂だつ麥
日も月も遠き山系秋の雪
山深く生きながらふる月の秋