和歌と俳句

中村草田男

万緑

四十の春かたくて新しき枕

壮行や深雪に犬のみ腰おとし

涅槃けふ吾子の唱ひし子守歌

餅白くみどり児の唾泡細か

詩よりほかもたらさむ夫に夜の餅

うたた浅学雪かぎりなく炭に降る

春淡き月像乗せて金三日月

犬の声歯痛朧はいとけなし

路あまたあり陋巷に東風低く

鳩の目や竹は節より芽を立てて

肌白く褪せつつ永久に二た

夜ならで人は訪ひ得ず夜の春蘭

金星や足指ちかく金魚寄る

虹に謝す妻よりほかに女知らず

受験禍の母子電柱に相寄りて

受験禍の子の手にうすき菓子最中

六月馬は白菱形を額に帯び

靴底うすく佇つにとどろく兵馬の春

乳母車から指す夏の親子星

若き母汗腋の下乳房の下

若者には若き死神花柘榴

花柘榴陋巷の人口を結び

空の押入見佇つ女に夏灯影

細紐たばね夏灯に書を読み初む

いづこにも埃の躑躅いさかひ事