今年又南部の梅の道かへて
梅林を見飽きたる眼に蕗の薹
丘の上にいく丘見ゆる梅林
夜に入りて着きし月瀬の梅匂ふ
梅の宿炬燵ほこほこ勿体なし
春の雪かゝれる蘭をひさぎをり
月ヶ瀬の遅速の梅をあちこちす
皇子思ふ能褒野の土筆つみにつゝ
春水や皇子にゆかりの吾嬬橋
武尊の旗と見るまで野火もゆる
囀りの宮の内殿翼なす
掃く禰宜の印捺しくるゝ山ざくら
武尊は歌人にもます山ざくら
囀りの宮に景行紀よみがへる
春の旅赤福さげて湯の山に
春の海嶺越し山越しこゝに見る
長島は濯ぐ遊女に桃にほふ
今はなき桑名渡しや芦芽ふく
残雪の吾妻連峰桑ほどく
ちる花を逐ふみちのくの旅にあり
松島の八百八島皆おぼろ
松島の花に宿りて夢多き
中尊寺の落花をあびて思あらた
よみがへるわが義経に落花急
中尊寺落花情あり光あり
春風や義経芭蕉まぼろしに
青梅のかたちづくりし釈奠
摂津野の空のにごりに麦を焼く
麦火消え蛙田の闇ひろがり来
鮑とる十六海女の濡羽髪
鮑桶ことに傾きいくり浪
鮑桶高浪の穂につと走り
海女の子は海女の手ぶりに泳ぐなり
向日葵の花のかげなる志摩の海
島宿やがちやがちやないてまくらがり
夜光虫といひあらずといふ月の浜
秋富士のまとへる雲のすぐちりぬ
いつまでも富士をながめの旗涼し
表富士裏富士秋の旅いく日
裏富士をながめの秋のこゝに尽く
秋草のこゝら巻狩せしところ
狸売る家あり露の深草路
葡萄垂るここに筑波の歌の宮
おそくついて蕎麦を打たすも夜長宿
信濃路や田鯉ふとりて出来の秋
秋高し小師城址に吾遊子
葛の花飯場に咲いてよごれなし
一茶かくくひけんなんばよばるゝよ
秋蚕飼ふ手やめて案内一茶堂
信濃路のまどかな月をめでて三夜
信濃路の楽しきものに蕎麦の月
甲信の旅の腰なる秋扇
親に尾く牧の仔馬の霧がくれ
手折りたる山萩に驢馬鞭うてる
千曲川隈なきまでに月明り
稗の穂や昔を今に木曽路古り
篝屑落つるさ中を鵜はくぐる
鵜篝のほめき覚えて尾ける舟
烏帽子着て若き鵜匠の真顔なる
吹き煽つ篝に鵜匠かゝはらず
鵜の嘴に躍れる鮎の篝映え
疲れ鵜の引上ざまに羽ばたける
兄鵜弟鵜それぞれの名に並ぶなり
ひろがれるさきの鵜舟の篝屑
舷に十二羽の鵜の並ぶ時