日野草城
颱風が掴んでゆする家の棟
颱風が擲ぐる瓦は数知れず
颱風が足蹴にかけしものの山
颱風の眼の清明に蝶あそぶ
颱風の後姿に人語湧く
家のなき人のはだへに月照りぬ
わが傘も奈良の秋雨傘となる
奈良なれや松あをあをと初紅葉
蒔絵師の住みなす庵の初紅葉
柿熟れて奈良もここらはいや閑か
小刻みの石段のぼる秋の雨
秋の雨さぞや馬酔木の雨雫
秋雨の音たかぶりつ古畳
肌寒や小鍛冶の店に刃物買ふ
雨降りて肌のさむさよ初紅葉
初紅葉はだへきよらに人病めり
顧みて菊花の白き夜学かな
きよらかな井のふかぶかと菊畠
白菊や蒼き夕靄遠なびき