和歌と俳句

藤原定家

六百番歌合

春くれば星のくらゐに影見えて雲井のはしに出づるたをやめ

かすみあへず猶ふる雪に空とぢて春ものふかき埋火のもと

氷ゐし水のしらなみ立ちかへり春風しるき池のおもかな

遅くとくおのがさまざま咲く花もひとつふたばの春の若草

ももしきやいてひく庭のあづさゆみ昔にかへる春にあふかな

みな人の春の心の通ひ来てなれぬる野邊の花のかげかな

立つのなるる野原もかすみつつ子を思ふ道や春まどふらむ

すゑとほき若葉のしばふうちなびき雲雀なく野の春の夕暮

くりかへし春のいとゆふいくよへておなじ緑のそらに見ゆらむ

霞かは花うぐひすにとぢられて春にこもれる宿のあけぼの

ながめわびぬ光のどかにかすむ日に花さく山は西をわかねど

袖の雪そらふく風もひとつにて花ににほへる志賀の山ごえ

からひとのあとをつたふる盃のなみにしたがふ今日も来にけり

ほのかなる枯野のすゑのあらを田にかはづも春の暮うらむなり

このもとは日數ばかりをにほひにて花ものこらぬ春のふるさと

影ひたす水さへ色ぞみどりなる四方の梢のおなじ若葉

夏山の草葉のたけぞ知られぬる春見し小松人しひかずは

雲の上を出づるつかひのもろかづらむかふ日影にかざす今日かな

をちこちにながめやかはす鵜飼舟やみをひかりのかがり火のかげ

夏の夜はなるる清水のうきまくら結ぶほどなきうたたねの夢