和歌と俳句

西行

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忌むといひて 影に当らぬ 今宵しも われて月見る 名や立ちぬらん

大原は 比良の高嶺の 近ければ 雪降るほどを 思ひこそやれ

こととなく 君恋ひわたる 橋の上に あらそふ物は 月の影のみ

一筋に いかで杣木の そろひけん 偽り作る 心だくみに

わがために つらき心を 水無月の 手づからやがて はれへうてなん

強く曳く 綱手と見せよ 最上川 その稲舟の いかり収めて

磯菜摘む 海人のさ少女 心せよ 沖ふく風に 波高くなる

磯に寄る 波に心の 洗はれて 寝覚めがちなる 苫屋形かな

紅の 色濃き梅を 折るひとの 袖には深き 香やとまるらん

春風の ふきおこせむに 桜花 となり苦しく 主や思はん

山吹の 花咲く井手の 里こそは あしうゐたりと 思はざらなん

隙もなく 降り来る雨の 脚よりも 數限りなき 君が御世かな

千世経べき 物をさながら 集むとも 君が齢を 知らんものかは

苔埋む ゆるがぬ岩の 深き根は 君が千歳を 固めたるべし

群れ立ちて 雲井に鶴の 声すなり 君が千歳や 空に見ゆらん

沢辺より 巣立ちはじむる 鶴の子は 松の枝にや 移りそむらん

大海の 潮干て山に なるまでに 君は変らぬ 君にましませ

君が世の ためしに何を 思はまし 変らぬ松の 色なかりせば

君が世は 天つ空なる 星なれや 數も知られぬ 心地のみして

光さす 三笠の山の 朝日こそ げに万世の ためしなりけれ

万世の ためしに引かん 亀山の 裾野の原に 茂る小松を

數かくる 波に下枝の 色染めて 神さびまさる 住吉の松

若葉さす 平野の松は さらにまた 枝に八千代の 數を添ふらん

竹の色も 君が緑に 染められて 幾世ともなく 久しかるべし