春浅き すずの籬に 風さえて まだ雪消えぬ 信楽の里
澪淀む 天の川岸 波立たで 月をば見るや さへなみの神
光をば 曇らぬ月ぞ みがきける 稲葉にかかる 朝日子の玉
磐余野の 萩が絶間の ひまひまに 児手柏の 花咲きにけり
衣手に うつりし花の 色なれや 袖ほころぶる 萩が花ずり
小笹原 葉ずゑの露の 玉に似て 石なき山を 行く心地する
まさき割る 飛騨の匠や 出でぬらん 村雨過る 笠取の山
川合や 真木の裾山 石立てて 杣人いかに 涼しかるらん
雪とくる しみみにしだく からさきの 道行きにくき 足柄の山
嶺渡しに しるしの棹や 立てつらん 木挽待ちつる 越の中山
雲取や 志古の山路は さておきて 小口が原の さびしからぬか
ふもとゆく 舟人いかに 寒からん くま山嶽を おろす嵐に
折りかくる 波の立つかと 見ゆるかな さすがに来ゐる 鷺の村鳥
わづらはで 月には夜も 通ひけり 隣へ伝ふ あぜの細道
荒れにける 沢田のあぜに くらら生ひて 秋待つべくも なきわたりかな
伝ひ来る 打樋を越えず まかすれば 山田は水も 思はざりけり
身にしみし 荻の音には 変れども しぶく風こそ げには物憂き
小芹摘む 沢の氷の 隙絶えて 春めきそむる 桜井の里
くる春は 峰に霞を 先立てて 谷の懸樋を 伝ふなりけり
春になる さくらの枝は 何となく 花なけれども むつましきかな
空はただ 雲なりけりな 吉野山 花もて渡る 風と見たれば
さらにまた 霞に暮る 山路かな 春を尋ぬる 花のあけぼの
雲もかかれ 花とを春は 見て過ぎん いづれの山も あだに思はで
雲かかる 山路はわれを 思ひ出よ 花ゆゑ馴れし むつびわすれず