和歌と俳句

西行

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濁るべき 岩井の水に あらねども 汲まば宿れる 月やさわがん

ひとり住む 庵に月の さし来ずは 何か山辺の 友にならまし

尋ね来て 言問ふ人の なき宿に 木の間の月の 影ぞさい来る

柴の庵は 住み憂きことも あらましを 友なふ月の 影なかりせば

影消えて 端山の月は 洩りも来ず 谷は梢の 雪と見えつつ

雲にただ 今宵の月を 任せてん いとふとてしも 晴れぬものゆゑ

月を見る ほかもさこそは 厭ふらめ 雲ただここの 空にただよへ

晴れ間なく 雲こそ空に 満ちにけれ 月見ることは 思ひ絶えなん

濡るれども 雨洩る宿の うれしきは 入りこん月を 思ふなりけり

分け入りて 誰かは人を 尋ぬべき 岩陰草の 繁る山路を

山里は 谷の懸樋の 絶え絶えに 水恋鳥の 声聞ゆなり

つがはねど 映れば影を 友として 鴛鴦棲みけりな 山川の水

連ならで 風に乱れて 鳴くの しどろに声の 聞ゆなるかな

晴れがたき 山路の雲に 埋もれて 苔の袂は 霧朽ちにけり

つづらはふ 端山は下も 茂ければ 住む人いかに 木暗かるらん

熊の棲む 苔の岩山 おそろしみ むべなりけりな 人も通はぬ

音はせで 岩にたばしる あられこそ よもぎの窓の 友となりけれ

あられにぞ ものめかしくは 聞えける 枯れたる楢の 柴の落葉は

柴かこふ 庵の内は 旅だちて す通る風も とまらざりけり

谷風は 戸を吹き開けて 入るものを 何とあらしの 窓たたくらん