蓬生は さまことなりや 庭の面に からすあふぎの なぞ茂るらん
刈り残す 水の真菰に 隠ろへて 陰もちがほに 鳴く蛙かな
柳原 川風吹かぬ 陰ならば 暑くや蝉の 声にならまし
久木生ひて すずめてなれる 陰なれや 波打つ岸に 風渡りつつ
月のため 水錆すゑじと 思ひしに 緑にも敷く 池の浮草
思ふこと 御生のしめに 引く鈴の かなはずはよも あらじとぞ思ふ
み熊野の 浜木綿生ふる うらさびて 人なみなみに 年ぞ重なる
いそのかみ 古きすみかへ 分け入れば 庭のあさぢに 露ぞこぼるる
とをちさす ひたの面に 引くしほに 沈む心ぞ かなしかりける
ませに咲く 花にむつれて 飛ぶ蝶の うらやましきも はかなかりけり
移りゆく 色をば知らず 言の葉の 名さへあだなる 露草の花
風吹けば あだに破れゆく 芭蕉葉の あればと身をも 頼むべきかは
古郷の よもぎは宿の 何なれば 荒れゆく庭に まづ茂るらん
古里は 見し世にも似ず あせにけり いづちむかしの 人行きにけん
時雨かは 山めぐりする 心かな いつまでとのみ うちしをれつつ
はらはらと 落つる涙ぞ あはれなる たまらずものの かなしかるべし
何となく 芹と聞くこそ あはれなれ 摘みけん人の 心知られて
山人よ 吉野の奥に しるべせよ 花も尋ねん また思ひあり
わび人の 涙に似たる さくらかな 風身にしめば まづこぼれつつ
新古今集・雑歌
吉野山 やがて出でじと 思ふ身を 花散りなばと 人や待つらん
人も来ず 心も散らで 山陰は 花を見るにも 便りありけり
風の音に もの思ふわれか 色染めて 身にしみわたる 秋の夕暮
われなれや 風をわづらふ 篠竹は 起き臥しものの 心ぼそくて
来ん世にも かかる月をし 見るべくは 命を惜しむ 人なからまし
この世にて ながめられぬる 月なれば 迷はん闇も 照さざらめや