和歌と俳句

西行

新古今集
昔思ふ庭にうき木を積みおきて見し世にも似ぬ年の暮かな

心やる山なしと見る麻生の浦は霞ばかりぞ目にかかりける

吉野山梢の空の霞むにてさくらの枝も春知りぬらん

浜木綿に君が千歳の重なればよに絶ゆまじき和歌の浦波

霞みにし鶴の林はなごりまで桂の影も曇るとを知れ

新古今集・哀傷
亡き跡の面影をのみ身に添へてさこそは人の恋しかるらめ

厭へただ露のことをも思ひ置かで草の庵のかりそめの世ぞ

七草に芹ありけりと見るからに濡れけむ袖のつまれぬるかな

深緑人に知られぬ足引の山たち花に茂るわが恋

振り乾して袖の色にも出でましや紅深き涙ならずは

漕がれけむ松浦の船の心をば袖に懸れる涙にぞ知る

君住まば甲斐の白根の奥なりと雪踏み分けて行かざらめやは

早瀬川波に筏の畳まれて沈む嘆きを人知らめやは

色よりは香は濃き物を梅の花隠れむものか埋む白雪

あはれいかに豊かに月をながむらむ八十島廻る海人の釣舟

千鳥鳴く吹飯の潟を見わたせば月影さびし難波津の浦

うぐひすの鳴く音に春を告げられて桜の枝や芽ぐみそむらん

霞しく吉野の里に住む人は峰の花にや心懸くらん

花よりは命をぞなほ惜しむべき待ちつくべしと思ひやはせし

春ごとの花に心をなぐさめて六十余の年を経にける

一時に遅れ先立つこともなく木ごとに花の盛りなるかな

盛りなるこの山桜思ひおきていづち心の又浮かるらん

吉野山雲と見えつる花なれば散るも雪にはまがふなりけり

吉野山雲もかからぬ高嶺かなさこそは花の根に帰りなめ

水上に花の夕立降りにけり吉野の川の波のまされる

思はずは信夫の奥へ来ましやは越えがたかりし白河の関

雲覆ふ二上山の月影は心に澄むや見るにはあるらむ

分け入ればやがて悟りぞ現はるる月の影敷く雪の白山

一筋に心の色を染むるかなたなびきわたる紫の雲

澄み馴れし朧の清水堰く塵を掻き流すにぞ末は引きける