初雁の なきつる空の 浮雲を 鳥のあととも おもひけるかな
限りありて 急ぎたちぬる いほのうちに 誰を頼むの 雁したふらむ
秋の田の ほぐとも雁の 見ゆるかな 誰おほぞらに かきちらすらむ
いかばかり 徒に散るらむ 秋風の はげしき野邊の 露草の花
庭もせに 咲きすさみたる 月草の 花にかかれる 露の白玉
朝顔の 花のすがたを 見つるより 暮れを待つべき ここちこそせね
草の葉に しばしもとまる 玉ならば 何をか露に 置きならべまし
露にさへ しをるる桑の 枝みれば こきたてられし 我が身なりけり
柴のいほに はこものかこひ そよめきて すとほるものは 嵐なりけり
まきのとを みやまおろしに たたかれて とふにつけても 濡るる袖かな
小夜更けて 山田のひたに こゑきけば 鹿ならぬ身も おどろかれけり
山里に 妻よぶ鹿の こゑきけば 我も都の 方ぞ恋しき
われもしか 都のかたの 恋しさは こゑふりたてて なかぬばかりぞ
秋の田の 畦ふみしだき 鳴く鹿は 稲莚をや 敷きてふすらむ
夜もすがら まちかね山に 鳴く鹿は おぼろげにやは こゑをたつらむ
妻こふる 鹿のとこゑに おどろけば かすかにもみの なりにけるかな
木の葉ちる 嶺の嵐に 夢さめて 涙もよをす 鹿のこゑかな
草枕 このはかた敷く 寝覚めには 鹿のこゑさへ 寂しかりけり
けふここに 草の枕を むすばすは たれとか鹿の 妻をこひまじ
金葉集・千載集
さを鹿の 啼く音は野べに 聞ゆれど 涙はとこの ものにぞありける