和歌と俳句

紀貫之

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拾遺集・賀
松をのみときはと思に世と共に流す泉も緑なりけり

拾遺集・賀
誰が年の数とかは見む行きかへり千鳥鳴くなる浜の真砂を

拾遺集・別
別ゆく今日はまどひぬ相坂は帰来む日の名にこそ有けれ

拾遺集・別
月影は飽かず見るとも更級の山の麓に長居すな君

拾遺集・別
あまたにはぬひかさねねど唐衣思ふ心はちへにぞありける

拾遺集・別
遠く行く人のためには我が袖の涙の玉も惜しからなくに

拾遺集・別
糸による物ならなくにわかれぢは心ほそくもおもほゆるかな

拾遺集・別
雨によりたみののしまをわけゆけど名にはかくれぬ物にぞありける

拾遺集・物名
そま人は宮木ひくらしあしひきの山の山びこ声とよむなり

拾遺集・物名
松のねは秋のしらべにきこゆなりたかくせめあげて鳥ぞひくらし

拾遺集・物名
あしひきの山辺にをれば白雲のいかにせよとかはるる時なき

拾遺集・雑
思ふ事有とはなしに久方の月夜となれば寝られざりけり

拾遺集・雑
常よりも照りまさる哉山の端の紅葉をわけて出づる月影

拾遺集・雑
流れくる滝の白糸たえずしていくらの玉の緒とかなるらん

拾遺集・雑
雨ふると吹く松風はきこゆれど池のみぎははまざらざりけり

拾遺集・雑
大井河かはべの松にこととはむかかるみゆきやありし昔も

拾遺集・雑
音にのみ聞き渡つる住吉の松の千とせを今日見つる哉

拾遺集・雑
いたづらに世にふる物と高砂の松も我をや友と見るらん

拾遺集・雑
年月は昔にあらず成りゆけどこひしきことはかはらざりけり

拾遺集・雑
人しれずこゆと思ふらしあしひきの山した水にかげは見えつつ

拾遺集・雑
春秋に思ひみだれてわきかねつ時につけつつうつる心は

拾遺集・雑
名のみして山は三笠もなかりけりあさ日ゆふ日のさすをいふかも

拾遺集・雑秋
をぐら山みね立ちならしなく鹿のへにける秋をしる人のなき

拾遺集・雑秋
こてふにもにたる物かな花すすきこひしき人に見すべかりけり

拾遺集・雑秋
世の中の人に心をそめしかば草葉にいろも見えじとぞ思ふ

拾遺集・哀傷
恋ふる間に年の暮れなば亡き人の別やいとど遠くなりなん

拾遺集・哀傷
明日知らぬ我が身と思へど暮れぬ間の今日は人こそ悲しかりけれ

拾遺集・哀傷
夢とこそ言ふべかりけれ世中はうつゝある物と思ける哉

拾遺集・哀傷
手に結ぶ水に宿れる月影のあるかなきかの世にこそありけれ